「高崎ー、通りかかったなら一緒に飯食わない?」
「おう」
火曜の昼、今日は量り売りで何のおかずをどのくらい取ろうかと考えながら歩いていると、目的の建物の方からかかる声。岡崎由乃だ。
岡崎は俺と同じMBCCの3年アナで、第2学食に比べて明るすぎなくて落ち着くという理由から、第1学食で飯を食う習慣がある。そんな習慣があるならと頼んでいるのがMBCCでやっている昼放送を実際に聞くこと。
俺も毎日大学に来てるワケじゃねえし、飯野との兼ね合いもあるから第1学食でばかり飯を食ってるワケじゃない。岡崎の方も快く引き受けてくれてるのだから問題は何一つとしてないはずだ。
「今日はワールドカップが始まって最初の火曜日だからね、何が出てくるか」
「ああ、何だっけ。ワールドカップが終わるまでの火曜日は4週連続のサッカー特番やるんだっけか」
「先週のうちから、月曜日でワールドカップに触れるのはほどほどにしといてくれってカズから釘刺されててさ」
「あの野郎、他の曜日に干渉しやがるとか」
第1学食の1階、トレーを手にして並ぶ列。注文口からご飯のLサイズと豚汁のL、それとササミチーズカツを注文。岡崎は味噌ラーメンを。
昼放送を聞くならスピーカーの下。いい席があると言う岡崎についてたどり着いたそこは人も少なく、袋小路と言うか突き当りと言うか。柱と壁に挟まれた空間。もちろん真上にはスピーカー。
「こんないい場所があんのか」
「俺は大体ここで飯食ってるね。まあ、所謂ぼっち席ってヤツなんだけどさ」
ちょうど、食堂の混雑状況を知らせるコーナーが終わったところで、トークの本題に入ろうとしているようだった。
火曜日のパーソナリティーは果林だけど、果たして果林にサッカートークが出来るのか。いただきますと手を合わせ、俺は豚汁を、岡崎は一口目の麺を口に含んだ瞬間だった。
『ここからは、特別ゲストを招いて番組をお送りします。一緒に番組をお送りするのは、やれはしなくても愛はある、火曜ミキサーのカズでーす』
『よろしくお願いしまーす』
はあ!?
そう心で言うより口から豚汁を噴きそうになる方が早かった。それを処理しながら、岡崎と目を合わせる。しかも、果林とマイクを交互に使ってるとかではなさそうなこの感じ。あの野郎、ついにやりやがったな。
「高崎、もしかして昼放でまさかのダブルトーク?」
「金曜にやたら機材群をごそごそ漁ってやがるなと思ったらあの野郎、もしかしてインカムを探してやがったな」
スピーカーからは、大層なサッカートーク。果林をタテに、伊東が話を広げている。ダブルトークの形としては悪くねえのが何とも言えず、俺も岡崎も苦笑い。アイツ、案外アナウンサー適性もあるんじゃねえのかと。
ただ、アナウンス部長としては伊東に指導したいことがいくらかある。やるからには、俺が聞いたからにはそれを突っ込まれても文句は言わせねえ。
サッカートークに熱くなるのはいいが、入り口が狭すぎる。俺とか、サッカーをよく知らねえ奴を置き去りにするのは第1回目のトークじゃねえ。ま、果林がそれをカバー出来るか見せてもらおうか。
「って言うかさ、俺思ったんだけど」
「おう」
「高崎とか向島のアイツとか、マルチやるのって大体アナだけど、ミキサーでマルチやろうと思う人間もいるんだなーって」
「確かにな。そう考えると伊東も……いや、サッカー以外はてんで喋れねえだろ」
「そっか、だよなー」
ミキサーにこれ以上上手いコト喋られたら俺たちの立場がないよなーと言う岡崎は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
ただ、この妙にクセになるダブルトークを聞きに火曜日の俺がここで飯を食うようになっていたというのは、コイツしか知らない。
end.
++++
第1学食でご飯を食べている設定のユノ先輩がいいかなあと思いました、このお話だと。高崎とはまあそんなに悪くもなく、普通の関係。
トークとミキサーを同時にこなせてしまう所謂「マルチ」と呼ばれる技法だけど、これが出来る人はあんまりいなくて、ミキサーでやろうと思う人はそうそういない。
緑ヶ丘の昼放送でダブルトークというのはあまり例を見なくて、それこそ高崎がMBCCに入ってからは初めて見るんじゃないかというくらいの。いち氏は4年に1度だからってはしゃいでますね!