「あ〜このサンバイザーかわいいなー」
「あー聞こえない。俺は何も聞こえないよねよね〜」
「このサンバイザーかわいいなー!」
「聞こえませーん!」
わあわあと声を出しながら、耳を手で塞いで。つばちゃんのおねだり攻撃には屈しないように。畳2枚あるかないかの狭い朝霞班のブースで、声のボリュームはどんどん上がっていく。
「山口、戸田! 黙れ!」
「「すいませーん」」
とうとう朝霞Pサマからカミナリが落とされたところで、隣のブースからもドンッと壁を殴る音。きっと俺たちの大声に対する苦情だネ。朝霞クンがギロリと俺たちを睨む視線が怖い怖い。
静かにしてろと無言の圧がかかったところで、つばちゃんがサンバイザーの画像を表示させるスマホを覗き込む。まあ、サンバイザーがトレードマークだけあってこだわりは強いんだろうけどサ。
「これかわいくない? チェック柄で」
「うん、かわいい」
「これアタシ似合うと思うんだけど」
「そうだねえ、似合うと思うよ〜」
青と赤のギンガムチェック模様で、紫外線カット機能がついている。夏はそれを水に濡らして絞れば熱中症予防にも一役買ってくれるとか。もちろん形状は記憶する。
「買って。税抜き4000円」
「高っ!」
「バカ洋平何言ってんのこの機能ならいい方なんだからね! ヤッダー、サンバイザーの相場知らないとかやっぱ洋平世間知らずだわ」
「え〜?」
「日陰のない真夏の空の下、うろちょろ動き回るMCサマのマイクケーブルをステージ進行の邪魔にならないよう、目立たないよう鮮やかに捌くディレクターが熱中症で倒れてもいいのか」
「それは確かに困るけど、それと俺がつばちゃんにサンバイザー買ってあげるのは違うよね」
どうも俺はつばちゃんにナメられているのか、それとも慕われているのかよくわからない。あれ買えこれ買えと強請られるのはよくあること。お金はそんなに持ってないのに。
俺は今年こそつばちゃんに屈しないんだ。去年もおねだりされて、ナンダカンダでボディバッグを半分出してあげちゃったから。つばちゃんからの暴言なんて今更ノーダメだし、このまま耐えよう山口洋平。
「かわいい後輩の熱中症予防に一役買おう!」
「ダーメ!」
「有能なディレクターに愛の手を!」
「自分で有能って言っちゃうかなあ」
「この部活のヘタクソ連中と比べたらアタシの捌きは圧倒的」
「確かにつばちゃんのケーブル捌きは動きやすいし上手だけど、ダーメ!」
「ケチケチケチケチ!」
「ダメダメダメダメ!」
「洋平のケーチ!」
「ダメったらダメ!」
本当はリストバンドも欲しいのに先輩の財政状況を考えて妥協してやってる後輩の優しさがわからないとかお前は先輩として屑だと言われてしまえば、先輩の財政状況をわかってるのに集るつばちゃんは後輩らしくないと反論。
何度か朝霞クンからの無言の睨みが入っていたみたいだけど、俺たちがそれに気付くことはなく。いつ隣のブースから壁ドンを食らってもおかしくはない状況だということにもまた気付いていなかった。
「バイザー! 洋平買って!」
「ダーメ!」
「山口! 戸田ァ! お前らいい加減にしろ!」
「「スイマセーン」」
「ったく」
そして再び隣のブースからの苦情。朝霞クンの無言の睨みをもらっちゃえば、代表して俺がこそこそスイマセ〜ンと謝るだけ。防音壁も何もない場所で、バイザー論争は強制終了。
end.
++++
洋平ちゃんとつばちゃんがぎゃあぎゃあと言い争ってるんだけど、如何せん場所が狭いので朝霞Pの作業には物凄く邪魔だったらしい。
今年の洋平ちゃんは一味違うぞというところを見せたかったらしいんだけど、結局どうなったのかはわからずじまい。
この2人、スポーツ用品店とかによく遊びに行ってるといいんだよね。洋平ちゃんにもつばちゃんにも需要あるだろうしさ。