「おはよ〜ございま〜す」
広いミーティングルームの隅に構えられた畳2枚あるかないかの狭いブース、そこが俺たちの領地。ブースの入り口を塞ぐ部屋のドアを退け、よっこらせと入れば、シーッと伝わるビークワイエット。
「つばちゃんおはよ〜」
まるで気分は寝起きドッキリ。挨拶の声も控えて控えて。静かにしろというその意味は、班長席でビクともしないカーディガンおばけ。うん、これは起こすと死ぬネ。
「どしたの朝霞クン」
するとつばちゃんは、朝霞クンが倒れている後ろを指さした。ひょいっと覗き込むとそこには、まさに書き直したばかりだと思われる台本と、大量の空き缶。どれもレッドブル。
今は、放送部総出で夏の一大イベントである丸の池ステージに向けた準備に大忙し。それは、はみ出し者の俺たち朝霞班も例外ではない。それこそ昼も夜も土日もなく準備準備で、本当にお祭り。
朝霞Pは、ギリギリまで自分を追い込むところがあるように見える。そりゃ、ステージの前はどこの班もカツカツになるんだけどサ。朝霞Pは特に命を削りながら仕事作っちゃうタイプだもんなあ。
「壊れた道具が直る見込み立たなかったらしいよ」
「あっちゃ〜、マジで?」
「それなら台本書き直す方が早いっつってブーストかけて、現在に至る。あんまり気の毒だったからアタシ朝霞サンにレッドブル1本奢ったし」
「大変だったね」
事故で壊れてしまったステージ道具の変更に伴う台本の書き直し。ステージでは直前まで台本を書き直すというのはまあまああることで、アナウンサーの俺は与えられたそれに対応し直すだけ。
でも、呼吸してるのかどうかもわからない朝霞クンを見てると、そんなに急がなくたってよかったのにな〜って思ったりもする。言っちゃえば、本当に直前でも、難ならアドリブでいけるし。
「つかお前のアドリブとかディレクター泣かせだろふざけんな」
「すいませーん」
一瞬、ガタンと音がして、その方を見ればカーディガンが少し動いている。よかった、朝霞クン死んではいないみたいだ。もしこのままお亡くなりになってたらそれこそカーディガンおばけだよ。
「洋平が騒がしくするから」
「つばちゃんだってトーン上がってたじゃん」
ひそひそと、それでいて激しい責任の擦り付け合い。間違っても朝霞クンを起こしてはいけない。これは時限爆弾か、黒ひげ危機一髪か。でも、俺たちが気をつけてても、外からは事情を知らない子が来る。
「おはよーございます!」
「わーっ!」
「ゲンゴロー静かに!」
「あれっ、この屍ってもしかして朝霞先輩ですか?」
このブースの現在の状況や、この状態の朝霞クンを起こすと怖いことを知らない1年生が、元気よくブースに入ってくるのだ。朝霞クンが起きないことを願うのみだよ。
そんな祈りも空しく、それまでは呼吸しているのかすらわからなかったカーディガンおばけがもぞもぞと蠢くし、寝苦しそうにしているのがわかるようになってくる。ダメだ、そろそろだ。
「つばちゃん、朝霞クンをオトせたりしない?」
「今の朝霞サンをオトしたら、ガチで死ぬっしょ……」
「あの〜、先輩たちこれってどーゆー?」
「洋平、ここは逃げるのが得策だ」
「……そダネ、逃げよう。じゃ、そーゆーことだからゲンゴロー、アナウンサーとディレクター、連携の練習に行ってくるね〜」
end.
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カーディガンおばけwww 朝霞Pがお疲れだった様子。起こすと怖いのね。テストもあるだろうから準備もカツカツになってきてるんだろうね。
基本ぎゃあぎゃあと騒がしくなっちゃう洋つばなので、朝霞Pを起こしてしまわないか若干不安ですが、たまにヒヤリとしながらもなんとか持ち堪えたらしい。
そして最終的には逃げるという裏ワザを使っちゃうんだけども! いや、ゲンゴローは正直に証言するんだろうなあ……