「あれー、いないなー」
短く、ピポンピポンとインターホンを押しても反応がない。もしかして、部屋の主はヘッドホンでもしているのか。反応がないなら反応がないなりに奥義はある。それでも、やっぱり主の反応は欲しいところ。
キーケースにはバイクの鍵と自分の部屋の鍵、それともうひとつ、この部屋の鍵がある。それを穴に差し込み、ゆっくりと捻る。疚しいことをしてるワケじゃないのになんだこの緊張感は。
「慧梨夏、入るぞー」
――と部屋に踏み入ると、案外その環境が悪くないことに気付く。本人はどうやら留守らしい。そもそも俺の失敗は、駐車場に車があるかないかを先に見なかったことだ。いると思いこんでいたから。
今までなら還ってくるまで待つなりしてただろうけど、今はどこに行っているかもさっぱりわからない。本当にひと月近く会っていなかったから、今の慧梨夏がどういう生活をしているのかもさっぱり。
ひと月にわたるワールドカップも終わり、俺の引きこもり生活は終わった。生活リズムも元に戻ったし、仮眠をとる必要もなくなった。そんなワケで久々に彼女と再会しようと思ったらこのザマだ。
そりゃ、行くとは言ってないんだからいなくたって別におかしくはないんだけど。ひょっとすると俺の慢心という物もあったのかと反省したりもする。
「あれっ、カズさん」
お久し振りですねえ、なんて二部屋隣からひょっこりと顔を出したのは慧梨夏の盟友・みなもさんだ。彼女と顔を合わせるのも久し振りだ。彼女ならもしかして慧梨夏の行方を知っているだろうか。
「カズさん何でこんなトコにいるんですかあ」
「何でって、ワールドカップが終わったから慧梨夏に会いに――」
「昨日みやっちが、ワールドカップ終わったからカズさんのお部屋に押し掛けるって言ってたんですよう」
「え、マジで!?」
「今頃カズさんのおうちであったかい手料理を食べながらいちゃいちゃしてると思ったのに」
考えることが同じとかこのバカップルめ、なんてみなもさんが冷やかしてくるけどまさかのまさかだよ。互いに会いに行ってすれ違ってるとかどんなギャグだよ。
そしてみなもさんはどっちが根負けするかなーなんてウキウキと笑いながら階段を下りて行ってしまった。どうやらみなもさんもこれから買い物に行くのだろう。その手には折り畳んだエコバッグ。
どっちが根負けするかというのはつまり、どっちがより長く相手の帰りを待てるか、どっちがより長く連絡を入れずにサプライズを仕掛けていられるか。
「まあ、俺が連絡するのが筋だよなあ」
俺の都合でこのひと月引きこもってたんだから。それはいいけどどう連絡を入れよう。今お前の部屋にいる、ワールドカップは無事に終わりました、他には何があるだろう。
それは、考えるまでもなかったんだ。メールを打つのもまどろっこしい。直接、電話で。ひと月使っていなかったその番号は、履歴上でも下の方に追いやられていた。
「――って出ろよお前」
あくまでサプライズを貫くか。それか、俺のヘッドホンでもしてるかな。仕方ない、留守電にメッセージを残そう。
「もしもし、今から帰る。今日の夜、何食べたい?」
end.
++++
ワールドカップも無事に終わり、バカップルの再会……と思いきやすれ違い話。キーマンはみなもちゃん。
いち氏のことだから、自分の都合で引きこもってたんだから張り切ってご飯作りそうだなあ。あったかい手作りご飯だよ!
その裏で浅浦クンや高崎も慧梨夏にグチられてたし、その2人に対するフォローもしときなさいよいっちー!