あの人の声で再生される「特訓」という単語が夏にはありがたい悪寒を走らせ、恐怖を募らせる。インターフェイスの夏合宿に備えた1年アナウンサー陣に課せられたそれを想うと気が重い。
1年のアナ陣でその特訓はどんなことをするんだと予想し合った結果、話が広がりに広がって、仁王立ちで俺たちを威圧する高崎先輩のイメージが共有されていた。それで頭を下げに行くのはMBCCの母。
「――というワケでカズ先輩! 高崎先輩の多分血も涙もない鬼特訓に対する特訓をお願いします!」
「お願いしまーす!」
「特訓に対する特訓ねえ」
出来なくて当然なんだからそんなにビクビクすることないのに、なんてのんきな顔してカズ先輩は言うけど、アンタは同学年のミキサーだからあの人の怖さがわかんねーんだっていう。
MBCCアナウンス部長の高崎先輩は、やる気なく見えるのにそれはもう普段から厳しい人だ。「容赦なく行く」とか「出来るようになるまで帰らせない」とか言うとガチにしか聞こえない。
「エイジは熱心だなあ」
「高木、お前はミキサーだからわかんねーんだべあの人の恐怖は!」
「え、ミキサーだからこそいろいろ言われたりもするよ」
「それも一理あるけど機材のあれこれについては基本カズ先輩から教わってんべ!? カズ先輩がお前の頭にゲンコツ降らすか!?」
「それはエイジが高崎先輩にあれこれ言うからじゃ」
そんな風にぎゃあぎゃあと言っていると、ハナがつんつんと突っついてくる。指さす先には噂のその人が仁王立ち。まさか悪夢が繰り上がったとでも言うのか!
「エージ、誰が何だって?」
「何でいるんすか!」
「あ、高ピー。エージとハナちゃんは熱心だよ。高ピーの1年アナ特訓に備えて特訓したいって俺に申し出があってさ」
「カズ先輩アンタ何てことを言うんすか!」
「ふーん。予習ととるか、保険ととるか。エージ、お前の様子からすると、保険だな」
距離自体を詰められているワケじゃないのにじりじりと詰め寄られている気がしてつい後ずさりしてしまう。何て威圧感だっていう…! カズ先輩と高木は相変わらずのほほんとした顔してやがるしよ…!
「今度の特訓ではゼロから始める前提で優しい易しい講習を心がけるつもりだったけど、保険をかけるっつーなら出来ること前提で対応するからな」
「えー!?」
「練習するなとは言わねえが、特訓に対する保険とかナメたことしてんじゃねえぞ。ンなコトやってて実戦で通用するとでも思ってんのか」
そうやっていつも簡単にノされてしまうんだ。高崎先輩の怖さを再確認。ゲンコツが降らなかったのにも逆の怖さを感じる。それだけマジなヤツだろう、なんて。
「まあ、そうとなったら特訓に対する特訓とやらに付き合ってやる」
「えー!?」
「回数は重ねといて損はねえだろ。それとも何か? 俺が見るのに不満でもあるのか」
「いえいえいえいえそんなこたないっす!」
「高木、マイク立てろ。ついでだからお前もやるぞ」
「えっ、俺もですか」
「伊東、お前はインフォとリクの素材を準備だ。AD作業は高木にやらせろ」
「はーい」
これから何が始まるんだという恐怖が大きい。決して恐怖政治と言うつもりはないけど、やっぱり威圧感がハンパない。これから始まるプレ特訓も、一瞬たりとも気が抜けない。
end.
++++
血も涙もない高崎をやりたいなとか。たまにこうやって厳しい感じの高崎もいいかなと思いました。
タカちゃんに火の粉が降り懸かって巻き込まれた感バシバシだけど、タカちゃんは高崎とのあれこれには慣れてるからね!
エイハナが並んでいち氏におねがいしまーす!とかって言ってるとなんだかかわいい。