カギカッコを使ってセリフ化すると、「あ、これお目汚しになりますね、はい」と諦めざるを得ないほどの絶叫。奇声とも取れる。我が恋人は、今日も今日とてパソコンに向かって萌え散らかしている。
イスから浮かした足は宙でじたばたと、それはもう水中でもがく白鳥のように動いているし、トレードマークのポニーテールも激しくブンブンと振り回されている。一言で表すなら、悶絶。
「ぎゃん! ぎゃん! にゃあああ!」
「慧梨夏、あんまりイスの上で暴れると倒れるぞ」
「わかりました」
珍しく素直に言うことを聞いたなと思えば、ベッドにダイブしてごろごろごろごろと転がり、今度はバシバシバシバシと叩き始めた。なるほど、思う存分暴れられる場所に移動したってワケね。
俺もSNSとかでたまに「腐女子が萌えたときの反応」みたいな画像が流れてくるのを見ることがあるけど、まさか実写でそれを見るなんてな。うん、大袈裟な絵もあるけど、そうじゃないのもあるんだな。
「はー……やっと少し落ち着いた」
「慧梨夏サン、肩で息をしてますけど」
「正直サークルより疲れたよね」
「今のがか!?」
「こう、一瞬で殺しに来る感じよ……ああ片桐さん、あなたはなんて罪な人…!」
「バスケより疲れるってどんなだよ……」
慧梨夏にはネット上で特に仲良くしている片桐さんという友達がいる。その人とは日頃のやり取りの中でも特に激しくもえ(燃え/萌え)させていただいているとか。
片桐さんはどうやら男の絵描きらしく、慧梨夏の手の届かないところ、特に機械類をスマートな線でスタイリッシュに描いてくれることに(慧梨夏の中で)定評があるらしい。
「カズ! 見て! ピザ屋! きた!」
「おー、ピザ屋の原付すげー細かいじゃん、うめーなー」
「ほら、うちピザ屋コピ本出すって言ったじゃん、それのイメージで絵を描いてくれたんだってえええダメこれ死ぬファボボタン何個あっても足りない」
再び慧梨夏が床の上でマグロのように硬直してピクピクし始めた。自分の書いた物に対してこうしてレスポンスをくれることの喜びと絵に対する萌えの合併症でしばらくは元に戻りそうにねーな。
「って言うかこのピザ屋、どことなく高ピーの雰囲気あるけど」
「そりゃモデルだからね、ある程度借りてるよね」
「でも絵描くときは、描く側のイメージってあるじゃんか」
「うちの喋ってたイメージで片桐さんの中に浮かんだのがこんな感じだったんだよ。いやー、ドンピシャ。さすが片桐さん…!」
片桐さんにはいつももらってばかりだし残暑見舞いに何か描こう、そうしようなどと慧梨夏が戦いから戻った後のことを考えているらしい。年中忙しいことで。
「カーズー」
「ん?」
「そうとなったら盆明けに海にでも行きましょうよ〜」
「どうした、お前が外に出たいとか」
「出来れば光洋で〜」
「却下。聖地巡礼ツアーだろ」
「ちっ」
「大体、そうとなったらってどこに繋がってんだよ」
「それは、ほら。片桐さんへの残暑見舞い描いてる間はまた放置するだろうし?」
少しでも期待した俺がバカだった。純粋なデートの誘いかと思ってその言葉を心に刻んだけど、解除しとこう。期待した方が負けなのは、今に始まったことじゃないのに。
「カズは優しくないので片桐さんのピザ屋絵で乗り切るもーん」
「はいはい」
「――って…! 片桐さんあなたって人はまた…!」
あっ、これはまたお目汚しの予感。
end.
++++
相変わらずバカップルはバカップルですが、今日はひと味違った。どうやらオン友の片桐さん(石川)が何かしでかしたらしい。
そう言えばいち氏が引き籠もり始めたばっかりの頃だったかに慧梨夏のピザ屋コピ本がどうとかっていう話してましたね。
夏の慧梨夏が外に出たがるなんて趣味活動くらいなんだからねッ! 何の用事もなしに外デートなんて夢のまた夢だぜいち氏よ……