「あれっ」
「ああ、ミドリ。おはよう」
夏合宿の班打ち合わせも回数を重ね、練習をしたりトークを練ったりとそれについて考える時間も増えてきた。今日もバイト上がりでそのままサークル室へ直行。
俺はアナウンサーだから冷房のかかった快適な情報センターでも作業は出来るんだけど、何となく、サークル室の方が夏合宿の作業をするにはいいかなって。
すると部屋には先客が。同期のアオだ。多分、アオの方もミキサーの練習をしに来たのかもしれない。そう言えば、他の班ってどういう感じなんだろう。気になるなあ。
「ミドリは何しに?」
「俺はちょっとトークを練ったりしようかなと。アオは?」
「私も練習を。ちょっと、野坂先輩のキューシートに刺激されてて」
「ああ、向島の?」
アオが見せてもらった野坂先輩のキューシートは、1秒単位で精巧に計画されていたと。もちろんアナウンサーの都合もあるからその通りにはいかないけど、理論値としては、とのこと。
きっとアオにとっての理想も1秒単位のキューシートなんだと思う。番組とは関係ないけどいつも歩くペースが変わんないし、寄り道も計画のうち。予定に1分遅れたって細かく気にしてるくらいだ。
「ミドリの班はどんな感じ?」
「ほら、俺は加奈先輩と一緒だからいろいろ聞けるし」
「ああ、そうだよね」
「うん、やっぱり知らない人の中に飛び込むワケだから、同じ星大の先輩がいてくれて良かったよ」
加奈先輩が言うには、緑ヶ丘の五島先輩が班長を務める俺たち6班は全7班ある今年の編成の中では一番地味な班だとか。それは、放送の技術的なことにしてもそうだし、人のキャラにしても。
没個性という個性でいーんじゃん、と五島先輩は肩の力が入ってないし、いろいろとよく話しかけてもらってる。そのおかげで俺もある程度リラックスはしてたりする。
「没個性こそが個性、ね」
「何か、五島先輩が言うには他の班からも6班は癒し班みたいなことは言われてるよね」
「確かに加奈先輩とミドリが揃った時点でふわふわとはしてるけど」
「アオの班ってどんな感じ? でも今のキューシートの話にしても、野坂先輩てカタそうだなあ」
「私の班を簡潔に表すなら……」
少し考えてアオが発したのが「宗教?」だったのだから、その班がよくわからないと言うか。宗教って。一体何があったんだ。神様でもいるっていうの?
「向島じゃよくあることらしいんだけど、野坂先輩が圭斗先輩をこれでもかと崇めてて」
「へ、へえー……」
「見てて面白いから飽きないけどね。野坂先輩はキューシート以外不可解な人だし」
アオの判断の仕方も相当な物だけど、それは敢えて言わないでおいた。でも、アオみたく1秒単位で物事を気にする人が他にいたんだなと思うと、案外世間は狭いかもしれない。
「野坂先輩の何が不可解って、キューシートは秒単位なのに遅刻は時間単位なところで」
「豪快だね」
「それくらい図太くないと対策委員の議長は務まらないのかな」
「うん、きっと野坂先輩はメンタルが強いんだよ。よかったじゃんアオ、同じミキサーでお手本になりそうな先輩がいて。アオがたまにドジってテンパるのも克服出来るかも」
「なるほど、そういう考えもあるか」
そうとなったら本番でドジらないように練習に付き合えとのお誘い。それには俺もふたつ返事でオッケーを出した。俺もトークをしっかりと練っておきたいし、実際にマイクの前で喋りたかったから。
「でもさあアオ、俺も秒単位のキューシートを想定してトークしなきゃなの? そこまで自信ないんだけど」
「ううん、圭斗先輩相手でそれは不可能だって野坂先輩から釘は刺されてる」
end.
++++
ノサカのそれは菜月さん相手が前提だけど、他の子相手でも通用するのか! 通用させるのがミキの腕! くらいなモンだけどね!
ゴティ先輩率いる6班は没個性こそが個性の癒し班。と言うかまあ……ね。他の班が濃いーわ。強いて言えば1班が「普通」なくらいで。
果たして没個性の班が癒しなどと呼ばれるだろうか。まったりふわふわしてるくらいがちょうどいいね。そして明日はその対極である。