俺の覚えがある限り、慧梨夏は朝の10時過ぎからずーっとパソコンの前に張り付いて、趣味の創作活動とやらにお熱の様子。その間、俺は洗濯をして掃除をして、今日は気分もよかったし風呂場のカビ予防をしてと家事に励んでいた。
昼食を食べている間はさすがにパソコンの前から離れなさいと強く言ったから手も止まっていたけど、食べたらまたすぐパソコンの前にとんぼ返り。そして俺は食器を洗い、流しの掃除をして夕飯のレシピを考える。
俺が家事をしているその裏で、扉の向こうからは「ネタ降ってこーい!」と地を這うような叫び声。どうやら慧梨夏の方は行き詰っているようだった。
言ってしまえば、元々宮林慧梨夏は活動、「動」の中にこそ更なる動線を描く。ただただ閉じ籠って作業してるだけでは慧梨夏の前にネタなど降って来ない。
ワーカホリックというヤツでもある。サークルやバイト、その他友達との付き合いの中で見た物、聞いた物、感じたことなんかを創作に昇華しているらしい。忙しければ忙しいほどイキイキとして、キラキラとする。
ここに、あるひとつの可能性を提示したい。
家事が全く出来ないことで母親の千春さんにすら呆れられた慧梨夏も、創作のネタになるとか創作の幅が広がると唆せばひょっとすると家事が出来るようになるのではないかと。干したベッドシーツを取り込みながら思う。
「あー、もうダメ! 今日はもうダメだー!」
「手詰まりか」
「いいシチュエーションが来ない! 萌えが足りない!」
今は文をしたためていたようだ。趣味の部分は相互不干渉というのが俺たちのルールだから、慧梨夏がどんなものを書いているのかは知らない。ただ、普段の様子を見ている限りでは多分ボーイズラブ、所謂BLというヤツだろう。
「ねえカズ」
「ん?」
「ルックスもいいしスポーツも勉強も何でも出来る友達がいたとして、生活だけはだらしないとするじゃない?」
「うん」
「そういう子の部屋に上がり込んで片付けるときの心情がわからない」
「まあ、お前はちっとも家事やんないもんな」
「心情は察することが出来なくもないんだけど、厳密には何からどう手を付けていいかわかんない」
この相談からするに多分そういう話を書いてるんだろうと思うけど、壮絶なブーメランだということに気付いているのだろうか。
この質問に、俺がお前に抱いている感情をそのまま返すべきか否か。はたまた、俺も「誰か」を想定して考えるべきか。
「まあ、お前何でも出来んのにどーしてここだけだらしないんだって呆れると思うけど、逆に人間味が増すような気がしないでもないな。あと、汚い部屋に上がったらまず窓を開けて換気するのは基本な。カーテンも開けて光を取り入れる。こうするだけでも部屋に溜まった悪い気が出ていく気がするから」
「ほうほう。あ、そう言えば確かにカズうちの部屋でも春以外は窓開けるね」
「と言うか、お前も洗濯物畳むの手伝え。ちょっとは創作にも役に立つだろ」
「ゴメンカズ今降りて来てるから手止めるのムリ! きたきたきたあ!」
俺はひょっとしなくても寝た子を起こしてしまったのだろうか。慧梨夏が家事をするように操縦することは出来ず。その辺が俺の未熟さかもしれない。それは認めざるを得ない。
今は近付くなというオーラや、凄まじいスピードで動く手。何でも出来る恋人のマジな顔を見てしまえば、俺が世話をすることでそれを一番近くで見ていられるということに気付いてしまったんだ。
「晩メシ。ピラフにするから」
「んー」
end.
++++
それでも必要に駆られれば出来るようになると思いたいけど、実際出来るようになるのかしら、慧梨夏の家事。
いち氏がちょっと思いついたようだったけど、いち氏は慧梨夏にネタを提供してしまうことが多々だからなあ。他の人が言う方がよかったかもね!
ちなみにいち氏がイメージしたパーフェクトな「誰か」は高崎のずぼら版。実際の高崎は部屋もちゃんときれいにしてる、と言うか物が少ないよ!