「……リン、疲れてる…?」
「そう見えるか」
「覇気が、ない……」
今のオレを一言で表すとするなら「くたくた」だろう。情報センターでのバイト明け、ゼミ室に戻った瞬間出たのは安堵のため息。肉体的に、と言うよりは精神的に疲れた。
さすがにこの季節でタートルネックを着るのはよほど首に傷があるとか、宗教絡みくらいしかオレには考えられん。朝はパリッとしていた黒のシャツも、すっかりくたくたになっていた。
「ミルクティー、淹れる…?」
「ああ、頼む」
バイトでどう戦っていたのか。それは、癒しの名の下にやりたい放題の痴女との攻防。それと、セックスアピールとも取れる身体の部位を肉の塊でしかないと言い露出することに抵抗のない後輩。
女と呼ぶには些か怪しいメス共に、どうしましょうどうしましょうと無垢な1年生がオレに助けを求めて縋り付いてくるのだ。川北には気の毒だが、正直慣れるしかない。
「もう少し、待って……」
そう考えると、美奈が実に慎ましく品のある女に見えてくるのだ。たまの悪乗りなどご愛敬。そんな風に。いや、情報センターの連中が異常なのはわかっている。
「……リン」
「ん?」
「シャツ……ボタン、かけ違えてる……」
「ん、そうか。すまない」
春山さんに剥かれそうになって抵抗したのがここに影響を及ぼしていたか。ったくあの人は。バイトが終わってもまだ痴女の呪縛は解けんのか。
そして、美奈がまた人をじっと見ているから何かと問えば、袖のボタンが取れかけている、と。そう言えば、春山さんの手下と化した土田に飛びかかってこられた時にブチッという音がしたような。
「しかし、裁縫道具など」
「持ってる。……携帯用だけど」
「お前は用意がいいのだな。悪いが、付け直してくれんか?」
「わかった……」
美奈にシャツのボタンを付け直してもらう間、オレは自分のミルクティーと、美奈のためのコーヒーを淹れた。針と糸を自在に扱うその手つきは、安心感すら覚える。
こう言っては差別的だの時代錯誤だのと言われかねんが、やはりオレは女にはある程度の慎ましさと家事の技量を求めたい。いや、連中も家事は出来るのかもしれんが、慎ましさが皆無だ。
「出来た……」
「スマン、感謝する」
「リンも、コーヒー、ありがとう……」
「いや、礼には及ばん」
受け取ったシャツに再び着替え、改めてティーブレイクを。少なくとも今この瞬間、この場所は安息の地となっている。相変わらずカタカタと踊るヤカンはけたたましいが。……ん、ヤカン?
「オレとしたことが、火を消し忘れていたか」
「……問題ない」
「ん?」
「リンが着替えている間に、私が火にかけ直した……ヤカンの中身はお湯じゃなくて、ほうじ茶になってる頃……」
そう言って美奈はヤカンを洗面器に突っ込み、水を差し始めた。ほう、夏の間は冷蔵庫に冷えた茶が用意してあると思ったが、あれは美奈が沸かしていたのか。
「そろそろ、徹も戻ってくる頃……」
「美奈、お前はいい嫁になるかもしれんな」
「……そ、そう…?」
「ああ。石川が恋路を妨害しなければの話だが」
「……割と本気で、深刻な問題……かもしれない……」
end.
++++
情報センターの女性陣が奔放なので、リン様には美奈の落ち着きが癒しになりつつあるのであった。ただし恋愛にはしばし発展しない。
美奈が出来る嫁になるだろうというのはおそらくナノスパ女性陣の中でも指折りなのですが、やっぱりネックは石川さんですよねーwww
夏のリン様はタートルネックじゃなくてシャツを着ているよ! 夏と春秋冬で衣装が変わってとても新鮮!