センターの事務所に入るなり、ビクついてしまった。何故って、春山さんと思しき人が、袋で鼻と口を覆って吸ったり吐いたり。まさかアブナい現場に遭遇してしまったのか!?
しばらく入り口で固まっていると、後ろから背中を小突かれる。押された衝撃で足を踏み出せば、ビタリと合う目に恐る恐るオハヨウゴザイマスと片言で挨拶するのが精一杯だ。
「春山さん、まだやってたんですか。川北は絶対にビビるから来るまでにやめろとあれほど忠告したでしょう」
「逆にビビらそうという気概がないのかお前は。ヌルくなったなあ自称今世紀最後の天才が」
「自称は余計だ」
どうやら、俺の背中を小突いた林原さんは春山さんの奇行に関する事情を知っているらしい。そして、俺のために(?)春山さんに忠告をしてくれていたことも察する。
その割に小突き方がちょっと荒っぽかったのは措いといて、春山さんの行為はそんなことが気にならないくらいの衝撃だったのだ。大体袋の中身を吸ったり吐いたりって。どう見てもアブナい。
「宇宙の擬似体験?」
「身近にあるもので手軽にな」
そう言って春山さんは袋の口を大きく広げ、俺と林原さんの前にふわあっと泳がせた。その動きと一緒にふぁ〜っと広がるのは甘酸っぱいいい匂い。何だろう、果物?
「一説によれば、宇宙空間の香り成分にはラズベリーと似通った物が含まれているらしい。つまり、ラズベリーの匂いを嗅げば、何となく宇宙を体験できるというワケだ」
「どうせ宇宙を体験するならその袋ごと布団圧縮袋にでもに入ればいいものを」
「リンてめェ殺す気か!」
「本望でしょう、宇宙に抱かれて往けるのなら。簡易宇宙葬で」
「死に方もあるだろ。大体宇宙葬ってのはなー」
春山さんの宇宙葬講座をBGMに、俺はさっきから気になっていた例の袋を手に取り、口元に当ててみた。スンスンと匂ってみると、甘酸っぱい香りが頭の中を巡るみたいできゅんきゅんする。
確かにこれはなかなかやめられないかもしれない。春山さんと同じロマンではないと思うけど、なんだろう。不思議な魔力に吸いつけられてるみたいだ。
「私が最長35で死んだ暁には――ん?」
「川北、お前まで何をしている」
「始めたら止まんなくなっちゃったんですよー、いい匂いですねー」
「……リン、麻薬に手を出した奴を見てるみたいだ」
「オレもです」
「はい没収」
「ああっ」
バッと袋が取り上げられ、ほのかに後を引いた香りも消えた。こんなに短時間なのに、あの甘酸っぱい匂いが恋しくてたまらない。そうだ、宇宙へ行こう。……とは出来ないし。
「川北、ドラッグや犯罪に誘われても断る勇気を持つんだぞ」
「大丈夫ですよ春山さん」
「いや、わからんぞ。薬物乱用や詐欺の使い走りに学生が関与するケースは決して少なくない」
「えっ、林原さんまで」
どうも浮ついて見えるのか、田舎から出てきた世間知らずと思われているのか。先輩たちは子供にするみたいな心配をしてくれるけど、そんなに危なっかしいのかなあ俺って。
end.
++++
リン春も心配になるくらいにのんびりしてるミドリw しばらくラズベリーの匂いを嗅ぐ度に思い出すんだろうなあ。
袋を口に当ててスーハーしてる春山さんが見た目怖いっていうのをやりたかっただけのアレ。リン様がマトモな人に見えるね!
布団圧縮袋に人を入れて掃除機かけちゃダメ、ゼッタイ。だしもちろんそれで宇宙葬になどなるはずがないのである。