「和泉、バンドやるぞ」
「また急だね芹ちゃん、気紛れ?」
確かに、その言葉に深い理由はないし気紛れと言われても否定は出来ない。でも、やりたいときにやりたいと言って何が悪い。それも、釣れそうな男が目の前にいるってのに。
物心つく前から生音のある空間に連れ回されて育っているからか、しばらく生音を浴びないだけで禁断症状が出てうずうずする。宇宙で延命措置をするにも限度がある。
「言っても、俺も軽音の方があるからねー」
「心配するな、こっちはそうガチガチにずっと組んでるバンドじゃなくて期間限定だ。それくらいしか保たないだろう」
「飽きちゃうのね」
「やりたいときにやるくらいが丁度だ」
ちょっと演りたいだけだから、バンドの掛け持ちなんかさほど問題じゃない。ただ、私がベースで和泉がドラム。見事にリズム隊で、コードをなぞることの出来る奴はこれから。
ピアノに当てがないことはない。ただ、問題はあのめんどくさい男をどうやって動かすかだ。真っ正面から勝負したところで「何故オレがアンタの道楽に付き合わねばならん」とか何とかって反抗されるのは目に見えている。
「芹ちゃんだしジャズ寄りだよね」
「だな。スタンダードの他に、ジャズっぽいアレンジの曲をやるにしても、クッソつまんねえ風にはしたくない」
「クッソつまんないのは確かにヤだね」
「つまんねえのはとにかくつまんねえからな」
――と考えると、やっぱりあのクソめんどくさい男がいれば多少は面白くなるんじゃないかと思ったりもする。洋食屋のバイトで弾く曲にしても、普段からそれなりにアレンジしてるし。
ギターでもピアノでも、和泉が自分の人脈で声かけようかと言ったのは言葉が終わる前にぶったぎった。そもそも私が軽音連中と上手くやれるワケがない。だから、私の人脈にお前が合わせろと。
「芹ちゃんがそう言う時ってちゃんと当てがあるときだよね」
「まあな。ピアノ弾ける男が情報センターにいるんだけど、ただの勧誘と説得で動くような男じゃないから脅すことに決めた」
「さすが芹ちゃん、凶悪だね。芹ちゃんに弱み握られると大変だよ」
「お前ほどつかみ所のない男の相手も大変だけどな」
「そうかな」
「いや、相当だろ」
ピアノ君と仲良くやれるといいなあとにこにこしているこの巨体だ。もしかすると和泉には諦めさせるとか、無理にでも納得させる力があるのかもしれない。何を言っても無駄だと思わせるし。
和泉は天然なのか養殖なのかわからないけどとにかくボケボケとしている。リンとの相性はどうかねえ。ま、和泉が持ち前の強引さで煙たがられようと勝手に仲良くするだろう。
「と言うかお前は大概の奴に懐くんだから仲良くなれるかどうかなんか大した問題じゃなくないか」
「でも「普通」と「好き」と「大好き」でやっぱ絡み方って変わるしさ」
「ふーん」
「ま、芹ちゃんはどれにも当てはまらない別枠だけどね。特別枠だよ!」
「特別、ねえ」
「ホントだよ、欲情するもん。ただの友達にこうはなんないよ」
「溜まってんなら勝手にヌいてろ」
天然か養殖かは知らないけど、このつかみどころのない男はたまにこうやって突拍子もないことを吐きやがる。イライラしたから耳にかけてた鉛筆を腹に刺してやった。
何はともあれ、降って湧いて出たバンド欲は満たされるか。ヒトが生きる上での三欲よりも、よっぽど必要なのは音楽、それも生音のある生活。
end.
++++
ブルースプリングのお話が水面下で始まろうとしていた。春山さんがリン様を脅すネタはもちろんバイトのシフト。受付不適合者だからね!
宇宙の日も過ぎたけど宇宙だけじゃなくて音楽も必要なのである。NO MUSIC NO LIFEを地で行く春山さんなのに気紛れなんだよなあ……
そうか、秋に入ってくるということは青山さんが情報センター界隈を掻きまわしてくれるのかもしれないね!