「おはようございま――ぎゃっ!」
思わず、柄にもない声が出た。いや、確かに鍵の貸し出し簿によればサークル室の鍵は開いてるから人がいるんだろうなというのはわかってたけど。いや、書いてある名前と実在の人が違うんですけど!?
ミキサー席に向けて設置されたマイクスタンドは、ラジオドラマを収録するときになんかによく立てたスタンド型。機材セットの仕方はトークとミキサーを同時にやる、所謂マルチの形。
このサークルでそれをやろうとするのは現役だと三井先輩くらいだ(実は律も出来るらしい)けど、三井先輩でも律でもない。そもそもその2人だったら「ぎゃっ!」なんて叫ばない。
「おー、野坂久し振りー」
「ダイさん! お久し振りです…!」
立ち上がったダイさんが差し出した手には、同じように俺も手を差し出した。右手はそのまま固く握られ、左腕には背中を軽く抱かれた。びっくりして、電気をつけるのも忘れていた。
ダイさん、本名・水沢祐大(みずさわ・ゆうだい)さんは、一昨年大学を卒業されたMMPのOBだ。俺が1年の時にはもう卒業されていた。今は通信端末を売る仕事をしながら実際にラジオDJやステージMCの仕事もされている。
実は、今年の夏合宿でアナウンサー講師をお願いした縁もあり、打ち合わせでたまに顔を合わせていた。でも、ここでこうやってお会いするのは確かに久し振りだ。
「その節は本当にありがとうございました!」
「いーのいーの、俺も久々に学生とふれ合って若返ったからね」
「久々」
「麻里はカウントしてないからね」
「ああ、そうですよね。失礼しました」
そしてこのダイさんという人は、あの麻里さんとお付き合いをされているのだ。麻里さんのアパートから目と鼻の先に住んでいらっしゃる菜月先輩によれば、ダイさんは自宅近辺で割とよく目撃するとか。
「それで、今日はまたどうして」
「今日サークルあるって聞いたからさ。休みだし、たまには顔出そっかなーって」
「はあ」
「あ、マーの名前で鍵開けたのは、アイツも来るからなんだけど」
村井サンも来られるということは、盛大なムライズムの予感。だけど、夏合宿での菜月先輩や圭斗先輩を2人とも成長したねえと目を細めて語るダイさんの姿には、俺も誇らしい。
もしかすると、いつもよりももっと違う視点でのあの頃話なんかが聞けたりするのだろうか。ダイさんは菜月先輩と圭斗先輩のどんなエピソードを持っているのか、気になって仕方ないじゃないか!
「ダイさん、あの――」
「ちょっとダイさんナニ人の名前勝手に使ってんすか!」
「おせーぞマー」
「あ、村井サンおはようございます」
「野坂、いたのね」
どうして今なんだ! 完全にタイミングを逸してしまったじゃないか! 菜月先輩と圭斗先輩のあの頃話を聞きたかったのに! こんなことでもないともう聞けなかったかもしれないと思うと……くっ…!
「なあマー、今日晩飯肉食おうぜ肉。ステーキ屋、車なら圭斗もいるし。お兄さん菜月と圭斗ともお喋りしたいのよ。ミッツはたまに会ってるからいいけどさ」
「いいですね、最近ご無沙汰ですし」
「ナ、ナンダッテー!? 是非ご一緒させてください!」
「そっか、野坂お前肉好きだもんな」
肉も好きだけど、それ以上にあの頃話が出る率の高いステーキ屋という事情だ。俺は! 菜月先輩と圭斗先輩のあの頃話が聞きたいんだ!
「いやあ、4コ下ともなるとビックリするくらい若いねえ」
「2コ下でも若いですよねダイさん」
「いや、2コ下でもマーはおじちゃんだ。3コ下はかわいい」
「あ、あの、菜月先輩と圭斗先輩のどのようなところがかわいいのかを詳しくお聞かせ願えればと…!」
end.
++++
MMPのOB、ダイさん登場。実は圭斗さんの二つ名である「ホワイトローズ松岡」の名付け親だったりする。
麻里さんとの絡みがあるので名前だけでもちらほらと出てくるようにはなるかと思います。菜月さんとの遭遇でもいいかもしれない。
と言うか今日のノサカは欲望に忠実だなあ。菜月さんと圭斗さんが好きすぎて暴走してないかい?