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そのハグ、有料。

 



 人肌恋しい季節に、あたしは産まれた。
 だからかもしれない。
 人一倍、寂しがりやなのは。



 ―1年前―



「まだひどいし…」



 まるでバケツをひっくり返したような土砂降りにあたしは小さくため息をついた。
 夕方も同じように土砂降りで、さすがにバスで来たのだが、バイト後の深夜近い今の時間帯には通らない。
 この雨の中を駅まで歩くのは非常に憂鬱だった。



 10月31日。世ではハロウィーン一色で街はやたらと騒がしい。
 あたしはつい先日に1ヶ月足らずで友達に戻った沢田を思い出す。
 好きだった。けれど、何かが噛み合わなかった。
 だから本当に傷つく前に別れようと言ったのだ。



 彼は案外、すんなりと受け入れた。
 きっと、ずっと一緒になんて彼も信じてはいなかったのだろう。
 友達に戻ってからは時々、メールを送り合うくらいのちょうどいい距離感を保っている。



「うー…さぶい」



 お気に入りの黒と白の水玉模様の傘を差して歩き出す。
 いつだってあたしの冬支度は少し早い。
 毎年母さんが編んでくれるもこもこのマフラーに口元を埋める。
 ヘッドフォンからは大好きなBlastの曲が流れていた。



 ―――いつだってそう きみは 寂しいくせに 強がりばっかりうまい。



『解ってる 黙って ひとりにして
 そんなこと言って 独りは嫌いでしょ』



 好きなフレーズを口ずさむ。
 ここのヴォーカルの呆れたような歌い方がお気に入りだった。
 ふと顔を上げる。薄暗い空には真っ黒な雲が浮かんで、青は見えない。
 まるで、あたしの心みたいだ、と思った瞬間、涙が出た。



 恋なんてしなきゃいいのにって何度も思うのに、どうしてしちゃうんだろう。



 気付いていたし、解っていた。
 どんなに自分の心を誤魔化しても、なるちゃんの顔が消えないことくらい。
 だから別れた。傷つけていたから。
 沢田を苦しめていることが、ひどく悲しかったから。



 あの時、あのなるちゃんがすがってくれた時にあたしは彼を受け入れればよかったのに。
 それが出来なかったのは、憧れだった沢田を大切にしたかったのと、心の何処かで彼を信じられなかったから。
 原因も理由も解っている。そのくせ結果に悲しむなんて馬鹿もいいとこだった。



『意地っ張りなきみを迎えにいくよ 笑わないでよ 本気だよ どこにだって駆けてくよ』



 隠れて泣くきみをハグしよう。
 ハグは有料。
 代金は掛け値なしのきみの愛、OK?



 苦い笑みがあふれる。こんな風に歌われる女の子になりたかった。
 強がりで意地っ張りで、でも前向きそうな女の子に。
 そのわりにいつも逃げてばかりで、どうしようもないな、と溜め息をついた時だった。



「加那」



 大好きな優しい声が、あたしの名前を呼んだ。



「…なるちゃん、」



 どうして、と聞く前に彼は路肩に停めたバイクを指差して笑う。



「雨だから、加那が寂しがってるなって」

「…寂しくなんか、」


「嘘つき」



 そう言って笑うなるちゃんはひどく優しい笑顔で、あたしはまた始末できない気持ちに泣きたくなる。
 でも、一度手放した手をもう一度、握る勇気なんて、どこにも。



「嘘。ほんとは…俺が寂しかったんだよ。ねえ、加那。あのさ…」


「だめだよ」



 なるちゃんが何を言うのか、初めから解っていた。
 けれど、それを受け入れることはあたしには出来ない。
 その言葉が、どんなにあたしが望んでいることだったとしても。



「…まだ何も言ってないよ。加那」


「だめ。…もう甘えたくない」



 あたしは今きっと、とても困った顔をしながら笑っているんだろう。
 なるちゃんが何も言えなくなる、魔法の笑い方。
 ねえ、なるちゃん。あたしは、あなたが、ねえ。



「…加那には敵わないなあ」



 そう、困ったように彼は呟いた。
 あたしは、傘の柄を握りしめて俯く。



「解ったから、もうそんな顔をしないで。ねえ、加那。明日は加那の誕生日だね」



 なるちゃんがあたしの前に立って、あたしの手を捉えた。
 ゆっくりとバイクの後ろに導かれ、あっという間になるちゃんの着ていたジャケットを着せられる。



「え、ちょ、なるちゃん、濡れるよ!」


「いいから」



 瞬く間に濡れ鼠になっていく彼に慌てて傘を差し出すが、彼はその傘を閉じてあたしをバイクの後ろに乗せた。



「今日は加那といさせて」



 肩越しに振り返って、なるちゃんは穏やかに笑う。
 あたしは、その何も言わない優しさと僅かなずるさにそっと頷いた。




好きなんもういわ



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