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明日別れを告げるあなたをどうやって引きとめよう

 




 1限が終わっても、昼休みが来ても、桐島は現れなかった。
 あたしは何度も彼にメッセージを送ったけれど、とうとう既読にもならなくなった。
 しびれを切らして電話もかけてみたけれど、呼び出しコールが数回鳴って切れてしまい、かけ直した時にはこの電話番号は現在使われておりませんという冷たい電子の声が返ってきた。




 こんなふうに彼がいなくなることをあたしは想像もしていなかった。
 昨日まで一緒に笑いあっていたのに、いったいどこへ行ってしまったのだろう。
 お弁当も食べずに、スマホを見つめているあたしを見かねてか、瀬那は強引にあたしの口元へ卵焼きを押し込もうとしてきた。





「ほら、あんたいい加減にしな」




「ほしくないの…ねえ、瀬那。桐島どこ行ったのかな…」




「あんたまだ言ってんの?いないってば、そんなやつ」



「いるってばあ…」





 彼女は呆れたように溜息をつきながら、あたしの開いた口に卵焼きを放り込む。
 あまり味のしないそれを無理やり咀嚼しながら、あたしは隣の席でスマホをいじる中谷を振り返った。
 彼は彼で何やら少し青ざめた表情であたしを見返してくる。
 そうして少し震えた手でスマホの画面をそっとあたしに見せてきた。




「…今さあ、そんなに言うならって思って写メ見返してたんだけど、」





 中谷は困惑の色を隠せないまま、スマホの画面に映る集合写真を指差す。
 そこには奇妙な空白を残したあたしの写メが映っていた。




「ここ、湯野の腕、何かに絡めてるみたいになってる」




 躍動感のあるそれは、まるであたしが誰かの腕に飛びついた瞬間を切り取ったかのようで、カメラの位置的にも空白が多すぎる。
 あまりに違和感の強い写真にあたしと瀬那が絶句していると、これだけじゃねーよ、と中谷はスマホを操作する。




 次の写真には何故か誰もいない空間が映しだされていて、そういった写真が何枚も続いた。
 時折、何人かで映った写真にも、奇妙な空白は残されていて、ただただ不気味だった。





「しらねー部屋なのになんでこんな写真があるのか解かんねえ」





 最後に陽だまりの中、ソファがぽつんとある写真に中谷は不愉快そうに呟いた。
 あたしには、その全てに見覚えがあった。
 あたしはものすごい勢いで自分のスマホのデータフォルダをタップし、写真を遡る。
 あたしのスマホにはまだ、写真の主が座っていた。





「あった!ほら!この男の子だよ!」



「解った!解ったから落ち着け湯野!」




「どれどれ、……あー、ほんとだ…」




 思わず立ち上がり、中谷の顔面スレスレにスマホを突き出す。
 ほらほら!と喚くあたしを宥めながら、彼と瀬那はあたしのスマホを見つめ、ますます困惑の表情になった。
 並んだ2つのスマホには同じ構図で、あたしのスマホには人が座っていた。
 桐島が座って、珍しく笑いかけている写真。
 その、少しだけ笑いなれないはにかんだ笑顔に、やっぱり桐島はいたんだと心底安心した。




「ねっ、桐島いるでしょ?解るでしょ?」




「確かにいるけどな…」



「いるね、けどこんな人知らねーわ」




 中谷と瀬那は困惑した顔のまま、首をひねっている。
 その態度はどう見ても嘘をついているようには見えない。
 ここまでくれば、馬鹿なあたしにも理解は出来た。
 そしてひとつの仮定が脳裏を過ぎる。
 ――――桐島の存在がなかったことになりつつあると。




 思い当たった瞬間、寒気がした。
 そうだとしてもなぜ? 写真から彼だけが消えていくのも誰がどんな力を使えば、出来ることなのだろう。
 黙りこくってしまったあたしに中谷があたしのスマホを指差して言った。




「他にもあるのか?」




「ううん、これだけ…」





 そう。それもおかしいことだった。
 授業の合間を縫って、写真は全て見返した。
 けれども彼が残っていたのは、このたった一枚だけであとは全て中谷が持つ写真同様の奇妙な空白に変わっていた。
 消えるのなら、すべて消えるはず。なのにどうしてあたしのスマホにはこれだけ残っているのか。




「………そもそもさ、思ったんだけど」





 不意に瀬那が口を開いた。
 彼女はあたしのほっぺたを摘まんでぷにぷにしつつ、疑問を続ける。




「なんであたし達だけキリシマって子のことを覚えてなくて、湯野だけが覚えてんの?って話じゃん」




 もしかしてさあ、と彼女は目を伏せる。
 長い睫毛が彼女の頬に影を作った。




「湯野に見つけてほしいんじゃない?」




「見つける? かくれんぼかよ」




 んなあほな、と言わんばかりに中谷が大げさな溜息をつく。
 けれども、それはあながち間違いではない気がした。
 あたしが鬼で、桐島を捕まえれば、あたしの勝ち。
 あたしが勝てば――――桐島は、元に戻れる?




「あっ、えっ?」




 唐突に中谷が驚いたようにあたしのスマホに触れた。
 それに釣られて、あたしと瀬那もスマホを覗き込み―――驚いた。




「なにこれ…」




 絞り出した声は、ひどく震えていた。
 暖かそうな陽だまりの中、はにかむ桐島の姿が徐々に薄くなろうとしている。
 ソファに膝を抱えて座る彼の足先は、すでにソファが透けて見えていた。




「やっぱさ、あたしのかくれんぼ説当たってんじゃね…?」




「じゃあこれって残り時間的な意味?」




 中谷の残り時間、という言葉がやたら耳にこびりついた。
 ふと顔を上げて、窓を見た。窓の向こうには人気の少ない北校舎があって、向こうの廊下がよく見える。
 そこには、見なれたミルクティー色の頭が、見えた。




 気付けば、身体は勝手に動いていた。




「桐島!」




「えっ、ちょ!おい!湯野!?」



「もうチャイム鳴るよ、湯野!」





 中谷と瀬那の驚いて呼び止める声があっという間に遠退いた。
 午後の授業開始のチャイムが鳴り始める。
 それは、桐島とのかくれんぼの合図みたいで、やたらに胸が騒いできゅっと痛くなった。





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そんなつもりじゃなかった

 




 20年来の友情にヒビ、入った?




 鳥のさえずりとシャワーの水音でふわっと目が覚めた。
 けれど、睡魔に負けてゆっくりとまた目を閉じる。
 うだうだしながら寝返りを打ち、シーツの冷たさが心地良くて―――そこではっと我に帰った。
 あたし、もしかしなくても裸じゃね?




 先程までの睡魔はどこへやら、ガバリと文字通り飛び起きて自分の状況を確認する。
 見慣れない室内はきちんと整頓されていて、モノクロを基調としたインテリアは少し素っ気ない。
 キョロキョロと辺りを見回すが、昨日着ていた洋服は見当たらない。
 てゆーかあたし、誰を捕まえてこんなとこに来たんだ?




 思わず頭を抱える。というよりも二日酔いで本当に頭が痛かった。
 不意にガチャリと音がした。思わず胸元をかき合わせる。
 それとほぼ同時に聞きなれた声が頭上から降ってきた。




「起きたか、酒乱」




 ぱっと顔を上げると髪から雫が垂れるのをタオルでわしわし拭いながら、幼馴染のヒロが笑った。
 見知らぬ相手ではなかったことに心底安心しつつも、あたしは二の句も告げられず、俯く。
 ヒロは上半身裸にボクサーパンツを履いただけの格好で、普段見ることのない姿を見て、急に彼が異性だったことを思い出した気分だった。
 あたしが黙りこんだまま喋らないので、ヒロがベッドにのっしり上がってくる。




「どーした美月、腹でも冷えたか」




「ちがっ…!!ちょちょちょ!待って!確認!確認させて!」




 いつもの距離感で近づいてきたヒロを必死で制止して、あたしは二日酔いでぐらぐらな頭をフル回転させる。
 まず何から聞くべきかが全く解らない。
 けれども真っ先に頭に浮かんだいちばん大事な疑問は口にすることはできた。




「あのさ…あたしたち…ヤッ…ちゃったりなんかは…」




「……………」





 いつになくヒロの顔が険しいものに変わる。
 それは怒っているというよりも、傷ついているような顔だった。
 昨日は酔いにまかせて、ガンガン飲みまくったのでお気に入りのシャツでも汚してしまったのかもしれない。
 いやでも、なんでずっと黙っているんだろうか。怖い。




「………ヒミツ。教えたらつまんねーし」




 ニヤッとヒロが急に笑う。そのままベッドから降りてあたしの服をぽいっと投げてくる。
 ヒロの答えにあたしはとりあえず身体は無事だったことに安堵する。
 彼は嘘がつけない。それが美点であり、短所である。




「あー安心したあ…シャワー借りてもいい?」




 すっかり安心したあたしがとりあえずシーツお化けになって浴室に向かおうとした時だった。
 背後から、おどろおどろしい声がした。





「安心したって?」




「へ?あ、うん。だってヒロは嘘つけないし」




 茶化すとかよっぽど大暴れしたんだね、あたし。
 そう言って謝罪を口にすると、さらに不機嫌な沈黙が返ってくる。
 そこまで不機嫌にされると、さすがに自分の悪行が気になって振り返ろうとした時だった。




「おまえ、ほんと無神経」




 返ってきた言葉はとても冷たく、驚いた。
 慌てて振り返れば、もう身支度を終えたヒロは眉根をきゅっときつくひそめて、あたしを睨んでいた。




「えっ?あの、ごめん。昨日はぜんぜん、覚えてなくて…」




 めったに見ない親友の怒りにしどろもどろに言いわけする。
 彼ははあ、と深く溜息をつき、ネクタイを整えて部屋を出て行く。
 すれ違う瞬間、ヒロは低い声で囁いた。





「そーゆーとこだよ、ばか」




 なんと答えればよかったか解らずに呆然と立ちすくむあたしを置いて、彼は颯爽と仕事へ行ってしまう。
 ヒロのジャンプーの匂いがふわっと鼻をかすめて、なんだか無性に泣きたい気分になった。




 理由はわからないのに怒られた。
 なんか納得できない、でもなぜか自分が悪い気がする。
 どうにもならなくて、あたしは二日酔いでぐらぐらな頭をがしがし掻いて、ただひたすら困惑していた。




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