「野坂」
「はい」
「こういう子供、テレビでホームビデオ特集とかやってるときに見たことないか」
「そう言われれば既視感があります」
野坂の隣で舟を漕ぐ彼女の手には、しっかりと箸が握られている。うつらうつらとしながらも、朝食は最後まで食べようとする意志はしっかりと見られるのが素晴らしい。
今は卒業式後の飲み会、からのカラオケオール、からの朝食を食べているところだけど、どうやらここで菜月さんの睡魔が限界に達してしまったらしい。カラオケも半分寝ながら無双してたけど。
あまりの舟漕ぎの激しさに、いつ豚汁をひっくり返すかわからない。朝からガッツリと大盛りの丼を平らげる野坂とは対照的に、菜月さんの食は若干細い。トレーの上には焼き鮭と白いご飯、それと豚汁。加えてサービスの生卵。
「あーっとっとっ」
「ああ、危ない。野坂、ナイス」
「前髪は菜月先輩の命ですからね。豚汁に浸かってしまっては一大事です」
舟漕ぎの最中、知らぬ間に迫っていた彼女の危機を察知し回避させる野坂の有能な右腕っぷりだ。いや、座席の位置関係と彼女本来の利き腕的には左腕と呼ぶべきか。
「しかし菜月さんは焼き鮭の皮を食べる派なんだね」
「確かに召し上がっているみたいですね」
「ほら、皮を食べない人もいるだろう?」
「俺は鮭自体それほど食べる機会がないのであまりどうこう言えませんが、たまに頑張って食べるときも皮は食べた記憶がありません」
野坂が魚介類全般を苦手としていることは、話しながら思い出した。でも、鮭ほどポピュラーな物でもあまり食べないというのだから、野坂の魚介嫌いは結構ガチなヤツか。鰻も食べれない時点で論外だけど。
「そうか、お前は鮭もダメか」
「全く食べないということもありませんが」
「あれはいいご飯の友だぞ。DHAやEPAも豊富だし」
「菜月先輩が仰るには、鮭の皮に含まれるコラーゲンは体内への吸収率の高さが優れているそうです。その他にも、圭斗先輩が仰ったDHAやEPAといった不飽和脂肪酸も皮の下に多く、皮を食べないと損をすると菜月先輩が」
「ナツペディアも結構な偏屈じゃないか」
ナツペディア、もとい菜月さんは相変わらずうつらうつらとしている。たまに思い出したように姿勢を正そうとするけれど、またすぐにゆらゆらと揺れる。
皿の上の焼き鮭は3分の1ほどが残っている。満腹で食べ切れないのではなく、睡魔との戦いの最中なのだ。手出しをすることは何人たりとも許されない。
「これ、菜月先輩の生卵はどうしますか? 食べてもいいというようなことは仰っていましたが」
「ん、お前が食べるといい」
「菜月先輩は卵を召し上がらないのでしょうか」
「菜月さんは無類の卵好きだけど、生食の習慣はないようだからね。問題ないよ」
「圭斗先輩は」
「この手の店で菜月さんと生卵という組み合わせにいい思い出がなくてね」
蘇るのは、水を汲むためのプラスチック製コップに入れた生卵を飲まされた記憶。あれは確か2年の時のこと。あの日は夕食だったけど、同じように丼を食べていた。
「では、遠慮なく」
「菜月さん、起きるよ。野坂が今から卵を飲むから」
「ちょっ、圭斗先輩どんな起こし方ですか」
「のーさーか、のーさーか。ほら菜月さん、頑張ってお目目ひらくよ」
「んー……」
「圭斗先輩、菜月先輩の目が開くまで卵飲んじゃいけない体のヤツですか」
「ん、お前が空気を読むんだよ」
end.
++++
お店での舟漕ぎとなると、タカりんの話がパッと思いつくけど菜月さんの舟漕ぎネタも前のネタ帳に書いてあったのでやってみる。
ノサペディアだのなんだのとノサカに言っている菜月さんだけど、案外人のことは言えないところがあったりなかったり……
圭斗さんが菜月さんに対して子どもに接するように扱っているところがこの人も夜を越した妙なテンションだったりするのかなと思う