「ん」
「えっ」
目の前に突きつけられる紙の箱。いつも見るのと色は違うけどそれは俺がよく行くベーグル屋さんの物。だけど朝霞クンは「ん」という以上に何も言ってくれないから、それをどうすればいいのかわからない。
「だから、ん」
とりあえずその箱を両手で受け取ると、持ち手からパッと手が離される。もしかして、これは俺にくれるとかそんなようなコト、だったのかなあ。まだまだ朝霞クンの真意はわからない。
「あの、朝霞クンこれってど〜いう」
「謹慎中は迷惑かけたからな」
「それを今?」
「思いついたのが今だっただけだ。腐る前に食えよ」
せっまいブースでひたすら手を動かしながらのやり取りも、朝霞クンは俺の目をなかなか見てくれないし。丸の池のタイムテーブルも出たから必要以上に俺に構う暇はないんだろうけど。
いつもだったらもらった物は割とすぐに開いたり食べたりする。でもこれに関してはそうすることも出来ずにいた。朝霞クンは律儀な人ではある。でもまだ不気味さが勝っているから。
ただ、その真意を聞こうと話しかけたところで、プロデューサーとしての仕事を邪魔することになりかねない。そうなると俺は間違いなく殴られるだろうから余計な口は出さない。
「とだいまー」
「つばちゃんとだえり」
「はー、外ホントにあっついわ。何で今日に限ってタオル忘れたかなー、洋平はこれ見よがしに見たことないタオル首にかけてるし腹立つわー、一発殴らせろ」
「つばちゃんそれ殴る理由にならないからね!? でもタオルに関してはお目が高い。こないだIFサッカー部でフットサルやってたときに伊東クンからもらったんだよね〜、誕生日が近いから〜って」
「ふーん、カズさんそーゆーの好きな人なんだね」
そんなようなことを喋っていても、朝霞クンは相変わらず黙々と手を動かしている。俺はと言えば、つばちゃんから殴られそうになるのを何とか防御している、そんな状況で。
「あっ。洋平、おいしそーなの持ってんね。それ、おやつっしょ? お腹空いたからちょーだい」
俺の制止を聞かずにつばちゃんが箱を開けると、中にはベーグルが2つ。2つしか入ってないんだけど、どっちも俺が好きでよく食べてるヤツだ。朝霞クンは、黙々と作業を続けている。
朝霞クンを邪魔しないようにそっとブースの外に出て、つばちゃんにこれまでの経緯を率直に話す。やっぱりまだまだ不気味な物は不気味だから。
「これなんだけどねつばちゃん」
「どうかした?」
「これ、さっき朝霞クンからもらったんだよ」
「えー!? 朝霞サンが洋平に!? 何があったの熱でもあるのレッドブル買ってくる!?」
「朝霞クンは謹慎中に迷惑かけたからーって言ってるけど、真意がそれじゃないような気はするよねよね〜」
「うっそー、こわっ。何が起こるの? 台本超絶ハードになるんじゃないの天変地異の前触れ!?」
「何だろうねえ」
手元には、ベーグルの箱。でも、季節ごとに箱が変わるとかだったっけ。一昨日行ったけどこんな色の箱じゃなかったしなあ。いつの間に変わったんだろ。気付かなかったな〜。
「ちょっ、洋平」
「どしたのつばちゃん」
「ここ見てよ、箱。ちっさいけど“HAPPY BIRTHDAY”って書いてる。あの店誕生日パケとかあったんだね」
そうだ、こないだ伊東クンからタオルをもらって完結した気でいたけど俺の誕生日は今日だ。自分でも忘れてたんだから、意味が分からなくても仕方ない。そもそも朝霞クンと誕生日っていう単語が結びつかないし。
「もしかして、朝霞サンなりにアンタのコト祝ってるつもりなんじゃない?」
「だとしたら不器用すぎるでショ」
「朝霞サンが器用でも気持ち悪いけどね」
「それもそ〜だネ。つばちゃん、一緒に食べる?」
「それはアンタが食べるべきっしょ。今後何回あるかわかんないよ朝霞サンからなんて。アタシは明日アンタから集るから」
「ありがとう、って言うかさりげなく怖いコト予告してくれちゃってネ」
この箱はうっかり捨てられないなあとも思いつつ、今はこれを美味しくいただくことにした。ダメになる前に食べろって言ってくれてるし。ブースに戻ったら朝霞クンにはしっかりお礼をしなくちゃネ。
end.
++++
朝霞Pが不器用な洋平誕のお話。誕生日パケのあるベーグル屋があるのかは謎である。
先日の誕生日デートの時に買うとか何とか言ってたいち氏のタオルは無事に洋平ちゃんの手にフライング気味に渡っていた様子。よかったね。
そして明日の予告がまた怖い。つばちゃんが本気で洋平ちゃんに集りに行くと何がどうなってどんがらがっしゃーん