「あれー? あーさーかークーン、おーい」
インターホンを鳴らしても返事はない。今日は1日バイトだけど夜の7時には家にいるって聞いてたから来てみたのに。もしかして残業にでもなっちゃったかな。
手に提げた買い物袋には、簡単な夕飯と酒に合うおつまみを作れるだけの材料。今日は俺もバイト休みだし、朝霞クンの部屋で飲もうかっていう約束をしている。
「うーん、電話してみようかな」
階段の踊り場から見える駐車場には、1台の軽自動車。もうすっかり日が落ちるのも早いし、気温もグッと下がって来る。朝霞クーン、早く帰って来てー。
ケータイを耳に当ててみるけど出る気配がない。出られない場所にいるのかな、電車の中とか? 仕方ない、もうしばらく待とうか。
「ん?」
階段からは人の声。朝霞クンかと思ったけど、喋り声が1人じゃないから多分違うネ。あーあ、寒いよー。
「朝霞ー、大丈夫ー? ほら朝霞、アニだよ! わかる? 部屋だよ!」
何と言うか、すごい出で立ち。朝霞クンは大石クンに負ぶわれてやってきたのだから。って言うか、只事じゃあなさそうだネ。
「大石クン、朝霞クンど〜したの?」
「風邪ひいちゃったみたいでさ。熱結構あるし、しんどそうだったから連れてきたよ。あ、朝霞の派遣先って俺がバイトしてる倉庫なんだけど。俺の家で休んでもよかったけど、アニと約束あるからって聞かなくって」
「あ、そ〜なんだありがとー。じゃ、あとは俺に任せて〜」
「ゴメンねアニありがと! あ、そーだこれ途中で買った薬! じゃあね朝霞、お大事にね!」
朝霞クンと薬を俺に託して大石クンは帰って行った。軽四の姿が見えなくなったのを確認して、朝霞クンの部屋へ。約束は約束なんだけど、結構状況が変わっちゃったネ。
「朝霞クン、ごはん食べれる?」
「えっくし! あー、ほら、あれ、何だっけ……雑炊より硬い、おかゆとも違う……ぇっ、へっくしょん!」
「おじやだね」
「あー……それそれ。それが食いたい。卵いっぱい入れてくれ」
超ラッキー。じゃこたまごかけごはんの材料は買って来てるし、おじやに出来そうな具もちょっとはある。冷蔵庫の中も見せてもらって、有り合わせで作らせてもらおっかな。
って言うか、薬の袋の中にレッドブルも入ってる。久々に見たな〜……やっぱ朝霞クンと言えばこれなんだろうね。でも今飲むと眠れなくなりそうだから冷蔵庫に入れとこうか。いつか飲むだろうし。
「朝霞クン、今回の仕事、風邪ひくような環境だった?」
「言われてみれば風邪は流行ってた」
「あらら。もらってきちゃったのネ」
脱いだ仕事着を洗濯機に突っ込んで、朝霞クンはそのままおじやを作る俺を見守っている。あったかい服着た、と訊けば、カーディガンを着ているとの答え。肩で巻いてるんじゃなくてネ。
その間、朝霞クンはコンタクトを外して一連のケアをしたりとお休みモードにひとつひとつ近付いていく。休むんだ、オフなんだっていう意識はあるのネ。普段は見られない眼鏡姿と、きちんと袖を通したカーディガンがそれを物語る。
「はい、完成。朝霞クン今持ってくから座って待ってて」
「木の匙の場所わかったか」
「え、木の匙? 前はなくなかった?」
「買ったんだ」
机におじやと水を置いて座ったところに、朝霞クンが木製のスプーンを持って来てくれる。2人、向かい合わせでいただきますと手を合わせて。
金属製のスプーンだと熱伝導率が高そうだからという理由で買ったらしいそれで、激しく湯気が上るおじやをふーふーしながらかき混ぜる。
「朝霞クン、どう?」
「美味い。でも熱い。眼鏡曇る」
「よかった。熱いのはしょうがないデショ。あ、かきたま汁もあるんだ。飲む?」
「ん」
朝霞クンが風邪ひいてるのに思うことでもないんだろうけど、部活の部の字もステージのスの字も出ないこの時間がとてもゆったり流れているように思えて、贅沢だなあって。
「はい朝霞クンかきたま汁」
「サンキュ、ふーっ。……かきたま汁っつったら、俺にとってはオンの象徴だ。ふーっ」
「ナニソレ」
「高校の頃の話になる」
「えっ、朝霞クンの高校の頃の話とかめちゃ貴重じゃん! 聞かせて聞かせて!」
end.
++++
人の家の台所のことを把握しているナノスパキャラランキングで上位に食い込んでくるであろう山口洋平である。ちなみに、他にはいち氏とエイジ。
でも朝霞Pは割と普段から規則的にバターンとイってたから大層な出で立ちとは言えそんなにビックリはしてなさそう、洋平ちゃん。
朝霞Pは猫舌なのであっついものがすぐには食べられないとかいうヤツ。でも温いのは嫌というワガママ。冷たいお水は欠かせないね!