「大変だ、これは事件だ……」
「いかが致しましたか、菜月先輩」
「卵の値段が高騰している」
机に立てた両の肘、そして顔の前で組まれた指の上から突き刺すような眼光。菜月先輩の仰る事件、卵の価格の高騰というのは確かに1人暮らしの方には大事件かもしれない。
それでなくても菜月先輩は卵料理全般がお好きでいらっしゃるし、炒り卵やオムライス、チャーハンにもたっぷりと卵を使われる。食パンに挟んでサンドイッチにすることもあるそうだ。
卵消費量の多い菜月先輩だけに、テレビのニュース曰く夏から続いたらしいこの価格の高騰にはついに我慢の限界が来たのかもしれない。
「卵が、高騰している!」
そして机に打ち付けられる左の拳に、MMPメンバーは恐れおののくのだ。いや、別に誰が悪いとかではなく、卵の話だから解決も出来ないんだけど。
「さすがに卵は他の食品との代替が利きませんからね」
「それに、卵の値段が高騰すると何に影響してくるかわかるか?」
「食費でしょうか」
「違う」
「菜月先輩の栄養事情ですか?」
「近くなったけどもう一声」
卵と菜月先輩、菜月先輩と卵。うーん、いつか食べさせていただいたオムライスはとんでもなく美味しかったんだけれども、そうじゃない。何だ、何だ。
「ん、野坂、これはお前にも関係してくるんじゃないかい?」
「圭斗先輩。圭斗先輩は答えを分かっていらっしゃるのですか」
「去年も似たような件があったからね、ピンと来たよ」
「去年…? あ、そう言えば去年はバターの危機でお菓子類がヤバいといった話をしていた気がします」
去年はバターの高騰だったか輸入がどうとかでクリスマスケーキが大変だ、という話をしていたような気がする。しかしまあ何というデジャヴ。
菜月先輩が仰ることによれば、卵の生産量が減ったのも夏の猛暑でニワトリが死んだりしたのが原因だとテレビでやってた、とのことだ。乳牛のことにしてもなかなか問題が解決しそうにない。
「卵がやられるのは和菓子にも辛いですね……」
「ざまあこーた! 去年余裕ぶっこいてたツケだ!」
「卵が高くなるとケーキが高くなる。クリスマスケーキなんて豪華な物は手が届かないから別にいいんだ。何が問題って、プリンに直撃しないかだ!」
プリンが気軽に食べられなくなったら死ぬぞ、と菜月先輩は険しいお顔をしている。でも、確かにプリンはダイレクトに卵のお菓子。菜月先輩の大好物だけに、事態は深刻だ。
「うう……そんな話をしてたらプリンが食べたくなってきた……プリン……」
買いに行ければいいんだけど、サークル室から購買までは徒歩15分。往復30分となるとなかなかにキツイ。都合よく三井先輩がプリンを持ってやってこないだろうか。
「野坂、これを」
「……これは…?」
「例によってスイーツバイキングのカップル様用クーポン券だね。12月に入ってから行くといいよ。この店は誕生月割引もあったはずだから」
「はっ、菜月先輩のお誕生日が迫っているではありませんか…!」
握らされた紙のクーポンだ。そしてぢっと手を見る。
「何故僕に需要がないと知りながらこれを押し付けて来るのか、友人の考えはわからないね」
「何はともあれ、甘い物は俺にも需要がありますので、ありがたく使わせていただきます」
end.
++++
前にやった菜月さんがうとうとしてる「なつきさんとたまご」とは別件の卵話。卵が高騰している! この問題は星ヶ丘にも波及しそうな予感。
そう、去年だかその前だかにやったバターがアレでクリスマスケーキが〜という話を意図的に被せてきたナノスパらしいとも言える狙いに行ったデジャヴ。
そして久々に出て来たスイーツバイキングのカップル様用クーポン券である。書いといてアレだが今時紙媒体のクーポンってあるのかしら。