「聞いてよユースケ! ミドリがカッコよかったんだよ! ユースケにはまだまだ敵わないけどね!」
インフルエンザからバイトに復帰すると、川北と烏丸の距離感が少し変わった風に見える。烏丸がわーわーと語っている間は、スイマセン本当にスイマセンと川北がへこへこと頭を下げっぱなしだ。
時給が発生しない、所謂暇潰しで来ている春山さんもこの光景を興味深そうに眺めている。私たちがいない日に何があったのだと。それは正直オレも気になっている。
「うう……こないだ、石川先輩と福井先輩がセンターに遊びに来たんですよ」
「連中も暇潰しか」
利用者も来なかったから普通に喋っていたら、買い出しに出ていた烏丸が戻ってきてからが騒々しかったと。烏丸が美奈を品定めでもするかのようにじろじろと観察していたらしい。
「おいダイチ、まさかお前スコーンの美人をオカズにしたんじゃないだろうな」
「今のところアリですね。どの精子と卵子が出会っても綺麗で頭のいい子が生まれそうです」
「やめんか」
「あイタっ」
春山さんの下世話な質問に対して調子に乗ってグッと親指を突き立てる烏丸の頭を軽く叩き、川北に話の続きを促す。
烏丸は美奈にオレとの関係を聞いて、オレ好みの体をしているか触診しようとしたらしい(そもそもオレ好みの体などお前が知っているのかという話だが)。
烏丸がしようとした触診というのは奴本人の性欲とは直接係らない物ではあるが、普通に考えれば犯罪になっても何らおかしくはない。乳房を鷲掴みにして怒らんのは土田くらいのものだろう。
「――で、その子を見てた俺をミドリが引き剥がして、しばらく出てきちゃダメですよって自習室にぶち込まれたんだ! 本当に文字通りぶち込まれたんだ! カッコよかったなあミドリ」
「それは揚々として言うことではないからな、ダイチ」
「しかし、川北もやれば出来るのだな」
「えっ」
「これで来年度、悪質な利用者に対しても毅然とした対応が出来るのではないか?」
「えーっ!?」
そんなのムリですよーだの何だのと川北はわーわー騒いでいるが、春山さんは卒業するだろうし、オレもバイトリーダー業務が入ってきて今までのようにずーっと自習室に籠もりきりというワケにはいかん。
繁忙期に湧いてくる妙な連中に対して毅然と対応できるスタッフは多いに越したことはない。今年1年、川北はおどおどとしてオレに助けを求めるばかりだったが、今の話を聞くと来年度は期待が持てそうだ。
「ところで川北、ひとつ懸念材料があるのだが」
「えー、何ですかー?」
「烏丸が美奈に付きまとっていた時の石川はどんな反応だった」
「あ、えーと……俺も烏丸さんをどうにかするのにバタバタしてたんであまりよくはわからなかったんですけど、引いてるような感じはあったような……どうだったかなー」
あのシスコン狸のことだ、美奈に何か危害が加えられたり疚しい目で見られたりするようなことがあれば途端にリミッターを解除することだろう。下手すれば情報センターを脅かす存在になりかねん。
「わかった、来期はミドリが武闘派って感じで物理的に変な人を追い出すユースケ役で、俺は目で物を言う春山さん役をするよ!」
「ダイチィ、それはどういう意味だァ?」
「そういうことです!」
「確かに烏丸さんの目は春山さんとはタイプは違うけど、ずっと見つめられるとひゃーってなって逃げたくなりますもんねー、変な汗が奥からじわっと滲み出る感じで。春山さんとは違う怖さがありますよー」
「川北ァ、お前もダイチと一緒にかわいがってやろうかー、なあ」
わーわーと川北と烏丸の声が事務所から溢れんばかり。この調子で行くと、来期はオレの気苦労が絶えんな。マトモな新人が来てくれるといいのだが、望みは薄いか。
end.
++++
ミドリとダイチが例の件を経てちょっと仲良くなったような変な感じ。来期のリン様……頑張れ。
春山さんは春山さんで目付きが凶悪なんだけども、ダイチはサイコって感じで怖い。怖さの種類が違うけど怖いのには違いない。
さて、リン様の懸念はどうなることやら。イシカー兄さんは果たしてこのまま黙っているのか!