「来たな、宇部」
「すみません、お待たせしました」
「かけてくれ」
呼び出されたのは、星ヶ丘大学の部室棟の最奥にある文化会役員室。監査と書かれた役職表示札が佇むその席で、萩さんは私を出迎えた。
文化会というのは、星ヶ丘大学の文化部が集まって組織された団体の名称。各部活の部長が、決められた期日に行われる会議で顔を合わせ、必要な会議を行っている。
放送部は、歴代部長が監査に部長会への出席を投げるケースがほとんど。私もそうだし、応接用ソファーに席を移した萩さんにしても。
「どうして呼び出されたか、心当たりはあるか」
「……いえ、全く」
「深く考え過ぎることはない。お前は何も悪いことをしていないし、逃げ道も用意してある。肩の力を抜いて話を聞いてくれ」
――と言われても、普段会議をしている殺風景なミーティングルームとは違って、この部屋はまるで異質。入り口の看板からして重厚な佇まいを思わせる。
内装は絨毯張りで、観葉植物が置いてある。このソファーも悪い物ではない。ハットツリーには、チェスターコートとツイードのハット。これはきっと萩さんの私物。
「一般的な部活と同じように、文化会にも代替わりという概念がある。もちろん、文化会役員にも。今の役員は皆4年だから、卒業するまでには全員入れ替わる」
何となく、萩さんの目的がわかってきた。まだ断定は出来ないけれど。どの役職かはわからないけれど、これはきっと文化会役員への勧誘、または就任依頼。指名。いろいろなニュアンスがある。
「察した顔をしているな。やはりお前は話が早い」
「ありがとうございます」
「本題だが、お前を次の役員に推薦したい」
「役員」
「もちろん、定例会議もあるし長期休暇にはリーダー研修会。文化会合同の新入生勧誘行事や大学祭でも動かなければならない。率直に言って、時間はかなり取られる。お前は理系だし、4年になれば卒業研究でも忙しくなるだろう。就職活動もある。無理は言わない。じっくり考えて欲しい」
逃げ道を最初に提示していただけるのは、ありがたくもあり、困惑でもあった。それは逆に、逃げ道を全て塞がれている、そんな風に思えて仕方ならないのだ。
「私は、どのような仕事を」
「お前には、文化会の監査を頼みたいと思っている」
「……監査」
「細かいところでは異なって来るが、基本性質は部活のそれと変わらない。各部活の活動が文化会規約に則って行われているか。規約違反を発見した場合、部長に是正勧告を行う……などがある」
その範囲は文化会に属する全部活に及ぶ。文化会規約の他に各部活の規則や掟、風習なんかも知識として蓄えなければならない。監査はあくまで独立・中立の立場を守り、常に客観性・懐疑心を持って物事と向き合う必要がある。
萩さんが淡々と続けた文化会監査の主な仕事内容とそのあり方に、私は揺らいだ。放送部のそれと、やることは似ていても範囲や立場が違う。そもそも、果たすべき絶対的な目的や下心のない、純粋な監査を求められている。
「文化会規約を調べ尽くしたお前ならわかっていると思うが、批判的勧告を受け入れるかどうかは部活の自由であり、監査の仕事はその機能を実行し、責任を果たすこと。これに尽きる」
「承知しています」
「監査とは、常に品位を保ち、気高く、真に中立、公正公平な物だ」
それは、これまでの私とは無縁だった監査像。
「結論は急がなくていい。役員のブレザーに袖を通す気になったら、連絡を入れてくれ」
end.
++++
宇部Pにとって、ある意味での転帰なのかもしれない。そんな文化会役員の代替わりについて少し。
放送部でも師弟のような間柄だった萩さんと宇部Pですが、萩さんの置き土産を宇部Pは果たしてどうするのか。年度が変わるまでには結論が出るでしょう。
萩さんの私服は大学生としては少し地味と言うか渋いと言うか、シックと言うか古いと言うか。レトロとも言う。一部からファッションリーダー扱いされてる朝霞Pはきっと萩さんのタンスも気になるんだろうなあw