「……リン、もう、大丈夫…?」
「ああ、問題ない」
課題のためにゼミ室で作業をしていると、ここで見るのは久々になる顔。インフルエンザでしばらく休んでいたリンが、この部屋に戻ってきた。部屋の“ヌシ”がいると、やっぱり少し空気が違う。
リンは、バイトには治ってすぐ復帰していたけれど、ここに長居するのは徹がうるさいからと自粛していたそう。徹の場合、バイトが接客の時点でリンがどうこうでインフルエンザの感染確率はあまり関係ないと思うけれど。
「美奈、先日は悪かったな」
「……何か?」
「いや、石川とセンターに来たそうだな。そのとき、烏丸がお前に付きまとったとか何とかという話を川北から聞いた」
「……ああ」
確かに少し変わった人だなとは思った。ただ、研究者として突き詰めるにはあのくらい変態でないといけないとは多少思うし、実害はなかったのだから、どうこう言うつもりもない。
リンが、彼のことを少し語っている。生まれ育ちが私たちとは少し違うと。その結果、私たちには何てことのないことでも深く感動したり、味覚が繊細だったり。
悪い人ではないけど純粋に無邪気で、悪意もなく、子供の悪戯のような感覚で悪さをしてしまうこともあるそうだ。ちょうど今が生まれ直してから数えて好奇心の盛りの頃なのだと。
知能は高く、体も成長している。だけど、善悪の区別というか、こういうことをしたら人がどう思うかというところはまだ少し判別が難しいらしい。話をしていると楽しいそうだけど。
「オレが床に伏せているところにやってきて、ゴミ箱を漁ったり口腔内細胞を採取したりするなどされたときにはさすがにまいったがな。その代わりに飲み物などをパシらせたが」
「……確かに、あの子が言っていた……彼は、リンのストーカーで、いかにリンの種を残すかを考えている、って……」
「その関連で何かされたりしなかったか」
「あの子が、止めてくれたから……」
「そうか。話には聞いていたが川北の奴、意外とやるな」
「サークルで会ったことは、ほとんどないけれど……先輩として扱ってくれるのが、少し、申し訳なくもある……」
いかにリンの種を残すか。彼の最重要課題と言うか、興味関心の対象については、私も少し思うことがある。ストレートに言うことは出来ないけれど、私が、いつか……とも思う。
生殖行動と言えばそうだし、私の場合は恋愛から派生した妄想なのかもしれない。ただ、イメージしている映像自体は彼と何ら変わらないのだから、彼を責めることは出来ないのだ。
「彼のことは……将来を考える、きっかけになった……」
「烏丸の件がか」
「出産……その前には、大体の場合で結婚がある……それらは、女性にとって、人生の大きな分岐点……」
「確かにな」
「私も、いつかはそうなる……かもしれない。その前には、就職、または進学。人生設計を考える時期にあるのは、確か……」
「結婚願望はあるのか」
「……結構」
出来ることなら、貴方と一緒になりたいと宣言してしまいたい。でも、それが出来ればとうに告白している。恋愛関係にもないのに結婚したときのことを妄想するだなんて、と恥ずかしささえも覚える。
「しかし、それこそ烏丸ではないが、お前にふさわしい男でなければどこぞの狸が黙っとらんだろうからな」
「既視感があると、思ったら……」
「どうする、美奈。この調子で行くとオレもお前も結婚させてもらえなさそうだな」
そのときは、誰も知らないところへ2人で。そんなことを言うなら今がそのタイミングなんだろうけど……逃避行をしたところでそこから先で一緒になれる保証もなく。
「いや、オレは結婚自体に問題ないか。種を残す相手は籍に限らんからな」
「あ、あの……リン……不倫宣言は、公序良俗的に、アウト……」
end.
++++
インフル明けのリン美奈。ダイチのやらかしの件がちょっと尾を引いていたらしい。
と言うかリン様、いろいろ採取されてたのね。ダイチはきっとうっきうきでリン様からのおつかいをやってたんだろうなあ、それくらいでいろいろ採取させてもらえるんだから。
そう、何気に美奈もいろいろ考えることがあるのでダイチのことをとやかく言えなかったりするぞ! 春山さんには認められてるんだがなあ、スコーンの美人として