だるい。その上、鼻でまともに息が出来ねえ。鼻で息が出来ねえから口で呼吸をすると、乾燥やら埃やらで喉がやられる。いつもやってる熱風邪とは明らかにタイプが違った。
喉の不快感に咳をいくつか飛ばす。いくつか飛ばしていると、次が誘発される。咳が止まらねえ。するとどうだ、呼吸がままならない。
「げほっげほっ」
ベッド脇のサイドテーブルには、水のペットボトルを置いている。せめて、水分を取れれば少しは違ってくるだろう。
腕がいつもより重い。伸ばそうにも伸びない。何とかボトルを掴もうと、ありったけの力で腕を振る。何かがぶつかるような音がして、じゃぽんと下方向への音。……チッ、スカしたか。
空振って床に落としてしまったボトルを拾い上げるだけの気力も体力も残っていなかった。二度寝しようにも、汗で気持ち悪いし何より鼻が詰まってて寝れる気がしねえ。
もう一度、サイドテーブルに腕を伸ばす。手にしたケータイを虚ろな目で操作して、1回のコール。反応のあるなしはどうでもいい。掛けてすぐ切る、それに意味がある。
だらりと下がった腕から、ゴトリと音を立ててケータイが床に落ちる。やることをやった今の俺には、それを掴んでいるだけの力もなかった。
「……ぱい、……き……い……」
「ん……」
「高崎先輩、生きてますか?」
「おせーぞ……」
先のワン切りを入れてから、随分長い間待たされていたような気がする。ぼんやりと、Lの姿が見える。細くて、縦に長い。そのくらいの、ぼんやりとした像が。
ここから生活音が聞こえないのを不思議に思っていたこと、先のワン切りで俺に何かあったと感じたとLは語った。そして、実際には俺がLに連絡を入れてから5分も経っていない。
「先輩、起きられるっすか? ……ああ、無理そうっすね。ちょっと待っててください」
Lが外に出たかと思えば、カンカンカン、と金属を打つような音が聞こえる。階段を上り下りする音だろう。言われたように待っていると、再びやってきたLの手にはコンビニの袋。
「偶然買っててよかったっす。ほら、冬こそ浸透圧〜みたいに言うじゃないすか」
そんなようなことを言いながら、俺の口元にストローを寄せる。そのままそれを吸い上げると、スポーツドリンクの類のヤツだ。
ネットとか課題とかやってる時にいちいちボトルを開けたり閉めたりするの面倒で買ってたんすよね、とペットボトルキャップストローという道具のことを語る。
「つか、いつもよりヤバそうっすけど大丈夫すか」
「げほっげほっ、けほっ、あー……」
大丈夫なワケねえだろてめェふざけんな、と言うだけの気力も削がれる咳と喉の痛み。呼吸は相変わらず口からで、何かもうとにかく喉が気持ち悪ィ。
ふと、どっかの喉風邪女を思い出した。アイツはこんなのが1週間続くっつーんだから、俺が普段やってる熱風邪のが段違いで楽だと思う。
「先輩、薬とかって持ってます?」
「……パソコンの上……今回、症状がげほっげほっ」
「あー、青すね。でもひとつだけでも症状止めときましょう。熱下がったら多少動けるようになると思うんで」
部屋の空気入れ替えますよ、とLは暖房を全部止めて窓を開け放った。さっみィ。何しやがんだ。目だけで訴える苦情には、暖房で乾燥しまくるのが余計よくないと問答無用で。花粉症でもないでしょう、と。
同じアパートに住んでるからと言ってこうまでさせるのは甘え過ぎだとわかっている。だけど、そうでもしないと今回は本当にヤバかった。治ったら何かしら恩は返したいとは思う。
「うーん、でも、薬飲むにも何か軽くでも飯っすよねえ……」
end.
++++
軽率に高崎をくたばらせただけの回。風邪とかできゅ〜っとなるシチュエーションがたまらなく好きなんだけど、軽率にやるならやはり高崎である。
今回の高崎はいつもの熱風邪じゃなくて喉風邪っぽい雰囲気もあるとかないとか。菜月さんの夏のヤツやね。
きっとLはキーボードを飲み物零してダメにした経験とかがありそう。マグカップ使うのにも用心したりしてるとかわいい。