「林原くん、隣いい?」
「構わんが」
「お邪魔します」
今日は洋食屋の方でピアニストとしてのバイトに入っていた。先程演奏を終えて、今はまかないをもらったところだ。オレの演奏終了と同じ時間にホールから上がった上野もまかないを持って席に着く。
上野の皿にはポテトサラダが乗っていた。おかしい。オレが見たときにはポテトサラダなどメニューにはなかった気が。ちなみにまかないは各々が好きなメニューを好き勝手に皿に盛るシステムだ。
「上野、ポテトサラダなどあったか」
「店長がこっそりくれてー……あっ、ゴメン林原くんポテサラ好きだったよね。半分あげる」
「オレはそんなに物欲しそうだったか」
「今度鉄板メニューのときグラッセ食べてあげるから」
「いい。しかしポテトサラダはもらおう」
「うむ。共犯である」
この上野友香(うえの・ともか)というのがこの店ではオレと並んで年齢では最も若い同期になる。店長の方針で基本的に20歳以上しかスタッフとして雇わない上に、採用基準もやや厳しい。
その採用基準というのが、まあ、独特なのか? オレはピアノ枠だったが、他のホールやキッチンのスタッフもそれなりにクセがある。この上野にしても同様だ。
「そう、それでさ聞いてよ。妹に彼氏が出来ました」
「ほう」
「趣味って言うか、勉強してることも似たり寄ったりでしょ? アタシは桜貝で妹は青女だけど、まあ女子大でしょ? 何が違ってアタシには彼氏が出来ないかね」
「知らん」
上野は桜貝大学の生活環境学部という学部で広義にはものづくりについて学んでいるらしい。妹の方は青葉女学園大学の似たような学部でこれまたものづくりについて学んでいるそうだ。
と言うか上野との話にはきょうだいの話題が多い。上野にはさらに自動車整備士の兄がいる。話を聞く限りでは仲のいいきょうだいらしい。オレは一人っ子故、石川然りで兄弟の話などはどうも理解を越える。
「で、妹の彼氏とやらはお前のお眼鏡に適いそうか」
「会ったことはないんだよね、話に聞いただけで。何か、星大で建築の勉強してる子らしいんだけど、結構ぽやんとして、のんびりしてる感じの子なんだって。サークル繋がりで知り合ったみたいでー」
「ほう?」
「その子がさ、持ち物とか結構こだわる感じなんだって。丸眼鏡だし、家のこたつ机も丸いとか。まあ、本当に物とか技術の価値がわかるのか、試してみたくはあるよね! 妹は落とされちゃったけどまだアタシは落ちてないから!」
しかしまあどこぞのシスコン狸のような物騒なことを。妹を完全に物にするなら自分を倒せと言わんばかりの鼻息の荒さだ。
オレの思い違いかもしれんが、思い浮かぶ顔がひとつある。星大で建築を学んでいて、ぽやんとした丸眼鏡。こたつ机も丸い。偶然にしては条件が一致しすぎている。
そうか。片想いを拗らせてぐずぐず言っていたとばかり思っていたが。……あの人にバレないことを祈ってやろう。逸材どうこうでイジられる段階にはまだ早かろう。
「だからね、早く紹介しろっつってんですよ」
「いくら妹とは仲がいいとは言え、あまりずかずかと踏み込まん方がよかろう」
「えー、彼氏クンといろいろ建築とかインテリアのこととか話したいのにー」
駄々っ子のように不貞腐れる上野に、ひとつ確信をする。オレが上野の妹なら、面倒なことになるとわかっていてわざわざ彼氏を紹介するかどうかという話だ。明らかに邪魔だろう。
「お前に男が出来んのは、それが原因ではないか?」
「ポテサラ返して」
「返却不可だ」
「林原くんも絶対彼女出来ないよそんなんじゃ」
「お前と違って現時点では特に必要とはしとらん」
「はー、性格捻じ曲がってんねー!」
「お前とてこの店のスタッフである以上、人のことは言えんぞ」
end.
++++
リン様はポテトサラダがお好きです。エコさんはポテサラにもそれぞれの家とかお店とかの味があると信じて疑わない。
そしてふえるなのすぱんえっくす。上野友香嬢。彼女の妹は最近彼氏が出来た青女の上野さんという部分でお察し。
どうやらこの洋食屋、スタッフに何かしらのクセがないと採用されないとかいう一風変わったお店のようです。