「しかし、来月のシフトはどうしたものか。繁忙期にも関わらず人がおらん」
「俺と烏丸さんはまだ空きコマが少ないですし、冴さんは」
「土田はシフト希望すら出して来とらん」
林原さんがシフトを組み組み難しい顔をしている。俺はそんな林原さんにミルクティーを出して、自分は情報センターのスタッフ募集要項の張り紙を準備する。俺も去年、学生課の掲示板に貼られていたそれを見てここのバイトに応募したという経緯がある。
春山さんが卒業してしまうと、割といつでもここにいる人が林原さんだけになってしまった。先に言った通り、新2年の俺と編入組の烏丸さんは空きコマがまだそこまで多くは取れない。そうなると、新3年の冴さんに期待するしかないんだけど、最近は連絡すらつかなくって。
「やァー、どーも」
コンコンと、受付の窓口を叩く音。その声にはーいと出てみれば、本来はその場にいるはずのない人。
「りっちゃん先輩!」
「ん?」
「ちょッと、冴のコトで話が」
りっちゃん先輩の突然の来訪に少し戸惑いつつも、お茶を出す。お客さんに出すお茶だから緑茶が妥当かなあ、でもりっちゃん先輩だしコーヒーか。あ、春山さんの残りがある。もらっちゃおっと。
「どうぞ」
「お構いナク」
「で、土田冴の弟が何の用だ。本来ここは他校生の来る場所ではないぞ」
「勿論わかってヤす。さっそくスけど、本題に行かシてもらいやス。冴なんスけど、休学するみたいすネ」
「休学?」
「自分もちょっと聞いた程度なんスわ。最近はウチにも帰って来ないンで。ただ、聞く話によれば外にも出なくなって、健全な社会生活を送るのが結構難しくなってるみたいスわ」
「大体予想は付くが、その話の出所は」
「烏丸サンすね」
「だろうな」
冴さんの現状についての話の出所に関しては、やっぱりとしか思わない。りっちゃん先輩は個人的に烏丸さんとコンタクトをとっていて、そこで冴さんの様子を探ったり、趣味の話をしたりするそうだ。
確かに、ここ数ヶ月は俺たちも冴さんがどうしてるのかっていうのを烏丸さんに聞いていたし、それを全然不思議には思っていなかった。冷静に考えるととんでもないことなんだけど。
「しかし、オレは本人がここへ来て事情を説明するまではそれを受け入れる気はない」
「えェ。それも当然承知してヤす。別に自分は冴の処遇なンか知ったこッちゃないンで」
「それならば、何故わざわざここに出向いた」
「後学のために、星大情報センターっつー闇を覗いてみたいと思っただけス。気分を害したならサーセン」
「お前がどう思おうが構わんが、もし土田冴に会うことがあれば伝えろ。休学でも退学でも結構だが、センターに籍がある間の怠慢は許さん」
「期待しないでもらえると嬉しいスわ。対人恐怖みたいになってるらしいンで」
そしてりっちゃん先輩は淡々と語る。この件に関しては、誰も責めることが出来ないのだと。自分たち“周り”がどれだけ騒いだところで本人の耳には入らないし、“周り”がどれだけそれを不幸だと説いても本人はそれを幸せだと思っている。
冴さんにとって烏丸さんは自分を必要としてくれる数少ない人。満たされない欲求を埋めてくれるただひとりの人。無理に引き剥がすわけにもいかないし、死んでなければ別にいいか。それくらいの気でいないと今度はこっちが侵される、と。
「りっちゃん先輩、冴さんはもう」
「知ラネ。気まぐれでふらっと現れるかもしれないスし。冴っつーのはそーゆーヤツなんすよ、人なんか関係ないんス」
「そんな」
「過度な自由っつーのは他者を束縛するンすわ。じャ、突然サーセンした」
「いや。ああ、もし良ければこれを持って行け」
「プレッツェルなら結構ス」
「そうか」
りっちゃん先輩を見送って、視線を落とすのは来月のシフト表。冴さんはいないものとして考えた方がいいのはわかってる。だけど、いつかふらりと現れる、そんな可能性がゼロじゃない限り、信じてみたくもある。
「しかし、喋り方以外は似とらん双子だな」
「まあ、二卵性ですしね」
end.
++++
前回の出番でちょっと怪しい感じだった冴さんですが、どうやら少しずつ奥へ奥へと行ってしまっていた様子。
そして、テメーのケツはテメーで拭きに来いというのがバイトリーダー・リン様の考えらしい。別にりっちゃんも誰かに頼まれてやっていることではないにしろ。
しかし、りっちゃんは情報センターに未だに残っているプレッツェルを知っていたのか……