アタシが派遣でよく行ってる倉庫が繁忙期に入った。よっぽど無理な日以外は朝から夕方、場合によっては残業もアリのフルで入ってる。アタシの他にも派遣の人が何人かいるし、バイトの人もいつもより多い気がする。
「はああ〜っ」
「どうしたのちかちゃん」
「あ、伊東さん」
そんな中、浮かない顔をしてるバイトの子がひとり。年が近いという理由でそこそこ仲良くやってるちかちゃん。歳は1コ下。仕事も出来るし体力もある。その上愛想までいいということで社員さんやパートさんにも可愛がられている。
そんなちかちゃんがこんなに大きなため息をついているからには、きっと何かあるのかもしれない。体力は人一倍あるちかちゃんだけに、もう疲れて動けないとかではなさそう。お腹すいたのかな。
「みっともない話なんですけど、この夏はお金が稼げなかったなあと思って」
「確かに先月全然残業なかったもんね。でもちかちゃん早出してるんじゃないの?」
「早出はしてたんですけど、やっぱり早出だけじゃ全然」
「たまにはベティさんに甘えていいと思うけどね」
「でも、やっぱり兄さんには好きなようにお金を使って欲しいですもん」
ちかちゃんがお金にこだわるのは、台所事情の話。両親に先立たれ、ベティさんと二人暮らし。大学もベティさんが行かせてくれてるんだけど、さすがに自分でもちょっとは学費を出さなきゃ、ということで働けるときは働いている。
前にちかちゃんが言ってた1日のスケジュールは、えげつなかった。朝は早出で7時半から会社に来て、そこから通常業務をこなしてさらに日付を跨ぐ頃まで残業。日給を計算しようと思ったけど怖くて出来なかった。だけど、今のちかちゃんはそんな壮絶な現場を求めている。
「俺がおかしいのはわかってるんですけどね。普通の人は残業なんてしたくないはずですもん」
「まあね」
「もしかして派遣の方が稼げますかねー。この会社も派遣の方が時給高いですね」
「でも、派遣は仕事があるって保証されない世界だよ」
「えっ、伊東さんこの会社に囲われてるじゃないですか。仕事の有無の心配はしなくていいんじゃないですか?」
確かにアタシはそうだ。たまに違う仕事に行くこともあるけど、この会社にはよく声をかけてもらっている。だけど、現場が違えば、派遣会社が違えばどんな常識もひっくり返る。何もかもが違う世界に行くことになる。
「よその倉庫の話になるんだけどさ、派遣会社ごとしばらく出禁になってるんだって。たった一人のやらかしで真面目に働いてる人まで仕事無くすんだよ? でもって人がいなくなった分の仕事が他の人にしわ寄せで……あー怖い」
「えっ、そんな話があるんですか」
「ほら、ちょっと行ったところに黄色い壁の倉庫あるでしょ? あそこで吊り札の付け間違いが余りに酷かったんだって。派遣労働者って言ってもピンキリだからね」
「えー、あそこの会社今すっごい新品番入ってきてててんやわんやだって主任が言ってたのに、えー、こわっ!」
「でも、あそこの倉庫ならちかちゃんが求める朝から晩まで働きづめっていうのが出来る状況だよね、今なら」
「えー、そんな戦場みたいなところはちょっとー……やっぱり俺はこの会社で働きますー」
さすがのちかちゃんでも、お金さえ入れば何でもいいというワケではなかったらしい。俺はやっぱりここで地道に働いて、その結果早出や残業になってるくらいがちょうどいいやーと相変わらずよくわからないのほほんとした顔で。
もしアタシがベティさんの立場なら学費は気にしなくていいって言いたい。だけど、アタシがちかちゃんの立場なら自分でも学費をちょっと出すよって言いたい。人様の家のことに軽々しく口は出せないから、自分で心を決めてもらうしかないけど。
「ちかちゃんね、いつまでも若い、まだやれるって思ってもハタチ越えたら体も変わるからね。男の子でも気をつけなきゃいけないんだよ。過信は禁物」
「はい。みんなに言われてます」
「とりあえずさ、ファミリーセールでの爆買いをやめればいいんじゃないかな」
「それは俺の年に3回の楽しみなので無理です」
end.
++++
今年のちーちゃんは前年比で全然稼げてなくてしょぼんらしい。金の亡者じゃないけど、稼ぎにはナーバスになっちゃうちーちゃんだぞ!
緑大はもう授業始まってるっぽいけど、姉ちゃんは4年生だし日によるって感じなのかな? 就活とか卒研もあるだろうけどバイトはせねば自由がない
姉ちゃんとちーちゃんは派遣と直接雇用されてるアルバイトで立場がちょっと違う。本当にあった派遣の怖い話なんかを姉ちゃんから聞いてちーちゃんがひーってなってるとかわいい。