「おーい! カレーの練習するぞー!」
「うわ、出た」
「何が「出た」なんだよ、練習しないと味が安定しないだろ!?」
ゼミの有志で大学祭にカレーの店を出すことになってしまった。そこまではいい。前日と当日に少し拘束されるくらいだと思っていたからだ。それがどうした。言い出しっぺの高井がいやに張り切っている。
巻き込まれる傾向にあるのはオレと石川、そして美奈。見事にこの部屋を溜まり場にしている面々だ。他のゼミ生からは当然不思議な目で見られたが、高井が悪いと言えば大体納得されたのが高井圭希という男の日頃の行いだろう。
「俺、パス」
「石川、逃げる気か」
「沙也の勉強を見ることになっている」
「安定のシスコンか」
「妹の勉強を見るくらい普通だろう」
石川には、高校受験を控えた妹がいる。石川本人がシスコンなのと、現役星大生の家庭教師というのが実に都合が良いのだろう。中学で言う2学期が始まった頃から、石川は妹の勉強をこれまで以上に見るようになっていた。
ただ、妹の志望校はそこまでレベルが高いとは言えない星港高校だ。いや、オレも出ている高校ではあるから、低いはずもないのだが。普通にやれば落ちることはない高校に、そこまで兄がしゃしゃり出ることはあるのかというのが素直に疑問だ。
「……石川兄妹は、能力に対する志望校のレベルが低め……」
「ん? 美奈、俺も含まれてるのか」
「……西海高校に進学したのは、近いというだけの理由……」
「確かに、西海は星港よりややレベルが低い高校ではあるが」
「少しでも、早く帰って……沙也ちゃんとの、時間を確保するため……」
「確か、大学も近いというだけの理由で星大にしたと言っていたな」
「西海高校では、現役で星大に受かった事例として、伝説……とは、風の噂で……」
「何か問題があるのか。近さで選んで何が悪い」
「うわ、開き直りやがった」
何故近さで選ぶのかと言うと、遠いと単純に妹との物理的距離が離れるからだ。国の中でも随一の東都大や西京大にだって行けたにも関わらず“近い”とか“家を出たくない”というだけの理由で星港大学を選んだシスコンだ。
「アルバイト、家庭教師も向いていたかも……」
「そうは言うが美奈、このシスコンが妹以外に懇切丁寧な指導が出来ると思うか?」
「……何も、言わない……」
「石川、仮にアルバイトで家庭教師をやっていたとして――」
「誰がやるか、そんな慈善事業」
「慈、善…?」
「ゆくゆく沙也の脅威になる存在を育てる意味も分からないし、そんな輩に俺の時間を費やすなんて無駄以外の何物でもない。必要以上にいい人やるのもストレスになるんだぞ」
「まあ、オレはいい人の顔を取り繕ったりはせんから知る由もないがな」
接客業は必要以上のいい人の顔ではないのかと美奈が問えば、あれは不特定多数だし相手をする時間は家庭教師に比べれば一瞬で済むからさほど問題ではないそうだ。しかしまあ、やはり石川は人としての何かが欠落しているように思えて仕方がない。
「なーなーカレーはどうなったんだよ!」
「知るか。やりたきゃお前が1人でやれ。俺にはお前に構ってる暇はない」
性悪と呼ばれた凶悪な目つきを隠すこともなく、高井の誘いをぶった切る石川だ。妹の勉強を見るというのは嘘でも方便でもなく純粋な用事なのだろう。これ以上妹との時間を邪魔すると死ぬぞ。そう忠告するのは、美奈。
「でも、リンが言うには名前書いて普通にやれば受かるんだろ? そこまでガチガチに見る必要って言うほどあるか?」
「高井、お前……潰すぞ」
「……高井君、悪いことは言わない……これ以上は……」
「いや、待てよ。石川に高井を潰させればオレたちは己の手を汚すことなく自由時間を確保出来るということにはならないか、美奈」
「……確かに。……徹、頑張って」
練習をしたければお前1人でやれという意見に対しては、オレも美奈も概ね同意なのだ。それでなくともオレはバイトやバンドの練習があるし、美奈とてそこまで暇ではない。大体、レシピはもう記録されているのだから。
end.
++++
凶悪な兄さんをやりたかったのだけど、凶悪っぷりがヌルい……もっと凶悪に、もっと凶悪に……ナノスパ屈指のクズっぷりを早く…!
星大組は胃薬カレーの練習を結局やったのかしら。と言うか胃薬の分量などもちゃんとレシピとして記録してそうで
リン美奈が己の手を汚さずにカレーの練習から解放されたがっているのがまた何とも。頑張れイシカー兄さん