「朝霞クン、また右手と左手が同時に動いてるけど」
「中間レポートとレジュメと発表が同じ時期にバタバタ来やがってるんだ」
ゼミ室の机の上には無数の紙が広げられていて、何の作業をしているのかさっぱりわからない状態。右手も左手もペンが握られていて、それぞれ別のことをやってるんだろうけどいくら両利きだからって脳の構造が謎すぎる。
朝霞クンは春学期も部活の台本とレポートを右手と左手で同時にやっていた。だけど、次第にその手は部活の方にシフトしていって、レポートにかかっていた右手が完全に止まってしまっていたように思う。
でも、放送部は3年の大学祭で部活を引退するそうだ。部活の作業がなくなったからか、朝霞クンは常人離れした筆捌きを見せている。一昔前だったらビックリ人間とかでテレビにでれたかも。脳波とか調べてくれないかなあ、テレビの人。
「春の発表はお前に投げっぱなしだったから、秋は自分でもやらないと」
「あー、そうでございますね」
ウチのゼミでは個人の研究の他にペア学習というのを行っている。あたしは朝霞クンとペアで、舞台やイベントなどで表現する人たちについてのことを研究している。自分たちの領域が領域だから、やりやすいテーマではあるかなって感じ。
テーマ選びは先生が作ったクジで決まった。テーマを書いた紙が箱の中に入っていて、それを引く形式。個人学習は好きなことをやれるんだからペア学習のテーマは指定しますって。後でテーマ候補の一覧を見たけど、一番の当たりだって思ったよね!
「ペア発表については大船に乗ったつもりでいてくれ」
「それはいいんだけど、中間レポートとレジュメはいいの?」
「よくないからこうやって手をフル稼働してんだろ」
「さようでございますか」
「俺の場合、バイトを気分で入れたり入れなかったり出来るからまだいいんだろうけど、シフトぎっちぎちの奴とかどうしてんだろうなって」
「朝霞クンて何のバイトしてたっけ」
「派遣で何でもやってる。スーパーのマネキンだったり鮮魚コーナーだったり倉庫で製品の吊り札付け、ライブの設営スタッフ、居酒屋のホールにホテルで会食の皿を下げたりだな」
「本当にいろいろやってるんだねえ」
「そうやっていろいろ見て回ることでステージの役に立つかなって思ってたんだ」
こう聞くと、本当に何もかもをステージに費やしてきたんだなあって思う。ステージに向かってるときの朝霞クンは本当に怖いし、話しかけらんないし、鬼気迫るって感じだった。ご飯も食べないし寝ないしよく死んでないなって。
今ではすっかり穏やかになっちゃって、あれはあたしが見た幻だったのかなとも思うけど、確かに朝霞クンはああだった。本当に好きなことをやってるときのキラキラした姿で。今はちょっとキラキラが足りない。
「朝霞クン」
「ん?」
「あたし、そろそろ次の案を出し始めなきゃいけないんです」
「それは、映研の話か」
「うん、そう。それで、良かったら今度一緒に舞台を見に行きたいなって思って」
「俺とか」
「うん。ペア学習的なことだよ。朝霞クンにあたしの脳とやる気を刺激してほしくってさ」
「わかった。何を見るかはお前が決めるんだろ。俺は指定されたその時間にモチベーションを持ってくし、それを糧にレポートを薙ぎ倒す」
「表現が物騒だなあ」
「それくらい気合いを入れないとレポートは倒せない」
あたしにない視点やアイディアで映研の作品のヒントに、なんて適当な理由を付けてるけど、本当はキラキラしてる朝霞クンが見たいだけなんだよなあ。不純な動機で神様ごめんなさい。ステージでも映像でも作品は作品だもん。
べっ、別にデートとかそういうんじゃないし、デートだったらもうちょっとそれらしいところにしますから! 本当に部活のためのアドバイスをくださいっていうお出かけの申し込みですから! いくら怖かろうがイキイキしてない朝霞クンなんて朝霞クンじゃないんだもん。
「よーし、各種課題がんばる」
「朝霞クンがんばれー」
end.
++++
そう言えばふしみんて気のいいあんちゃんの朝霞クンじゃなくて鬼の朝霞Pに惚れてたらしいので、そら物足らんなあって感じですね
と言うか、両手でペンを持ったところで書く速度とかも考えたら逆に遅くならないかと単純に思う。ただ、気が変わった時にすぐスイッチできるのは便利
まさかとは思うけど、ふしみんが見たい舞台って星大演劇部ではないよなあ……いや、いくらなんでもさすがにそれはね〜…!