「うわ、わかってたけど人が多い」
「当たり前のこと言ってんな浅浦、年末のスーパーは戦場だぞ!」
「お前はどこの主婦だ」
「主婦ではないけど、少なくとも普段から慧梨夏には食わしてるから場数はそれなりに」
年末のスーパーとかいう戦場に、伊東を伴いやって来た。今日の本題は夕飯の材料。具体的に言えば年越し蕎麦とそのおかずの材料になる。うちの父さんが蕎麦を打つのにやたら気合を入れていて、毎年伊東家の面々を招待しているのだ。
歳末商戦でスーパーはポイント10倍。物要りとポイント倍増が重なっての人混み。俺は既に挫けそうだ。そんな俺の尻を叩くのは、歴戦の勇士と呼んでも何らおかしくはない伊東。尻込みするどころか意気揚々と、水を得た魚のようだ。
単に買い物であれば伊東一人で来ればいい。ただ、コイツは方向音痴という致命的な弱点があって、それがたとえ20年以上住んだ土地だろうとお構いなく発揮される。食材をダメにされないために、ドライバーとしての俺だ。
「浅浦、エビ欲しいなら早く行かないともうない可能性もあるぞ」
「海老は絶対だ。でも言うほど無くなるか?」
「無くなる! 普段回ってる順番とかいいから絶対要るモンが最優先だ! 普段の順路を回るのは2周目からでいい」
「あ、はい」
まずは、蕎麦の上に乗せる天ぷらの具。俺は絶対に海老天だと決まっている。バイト上がりによく行くうどん屋でも、うどんの上には海老天だ。伊東に言われるがまま、まずは海老のありそうなコーナーへ。
値段の事は気にせず必要な分だけまずは確保しろと、勇士の声。ただ、物凄い人だかりに手を伸ばすも伸ばす隙間がない。海老はすぐそこにあるのに届かないなんて。いや、俺もスーパーには普段行ってるけどこんなスーパーは知らない。何だこれ。
「おい浅浦、何やってんだ無くなるぞ」
「いや、届かないだろ」
「ったくしょーがねーなー」
「おお」
細身の体であることを武器に、伊東は人と人の間にするりと腕を忍ばせる。確実に海老を2パック掴み、入れたときと同じようにするりと隙間を縫うように腕を引き抜く。目の前には解凍海老10尾のパックが2枚。
「どや」
「流石です」
「じゃ、改めて最初から回るぞ」
主な用事は蕎麦の具。俺の海老は確保したから、他の面々の希望に応えるための材料を揃えていく。
とは言っても、伊東家はみんな野菜で間に合うのだ。薬味狂の美弥子は言うまでもなく葱や生姜などの薬味だけを乗せる。伊東や京子さん、それからおじさんはかき揚げだそうだ。面倒なのは浅浦家で。
ただ、天ぷらはあったらあったでおかずとして食べるから、イカなどもあればいいかもしれないとは母さんからの言付け。それから、天ぷらの定番、カボチャやナスなどの野菜も忘れずに。
「伊東、美弥子の葱って」
「ああ、ネギは別にいいらしい。何か姉ちゃんが自分で育ててるネギがあるからーって」
「育ててるのか」
「何か誕生日にGREENsで土とプランターと種をもらったんだと。あっ、主犯は慧梨夏な」
「だろうな」
「姉ちゃん絡みで必要なのはショウガとミョウガかなあ」
「わかった」
気付けば、俺はカートを押してすいすいと人の波を掻き分ける伊東の後ろについて歩くだけになっていた。
誰が何をどれだけ食べるからこれはこれだけでいい、すぐに食べるから割引シールの貼られたこれで十分、などと言いながら迷うことなく必要な物を見定める様と言ったら。既に半同棲状態ではあるが、これから来る結婚生活も安泰だろう。
「あ、ちなみに浅浦、金って」
「父さんから預かって来てる」
「さすがパパさん」
「まあ、父さんの道楽に伊東家は巻き込まれてるようなもんだし」
「で、えーと……ポイントってー……10倍なんですけどポイントって……」
「お前のカードで付けたらいいんじゃないか」
「あざっす! 浅浦サマあざっす! ひゃっほーう!」
ポイントでこんなに喜ぶか。経済学部だし、こういうポイントの有効な使い方みたいな講義とかもあるのかな。いや、それはさすがにないか。
end.
++++
いち浅が年の瀬のスーパーに買い出しにやってきました。確か買い物行って来いってパパさんか誰かに言われてる話がありました
浅浦家はみんな好き放題天ぷらを選ぶみたいだけど、伊東家は好みの問題なのか姉ちゃん以外はみんなかき揚げ。
ポイント10倍www いち氏はポイントをしっかり活用していそうですね! 浅浦クンはそんなでもないのかしら。