「おはようございまーす」
「まーす」
「おっ。かんな、あやめ、おはよう」
「越谷さんおはようございまーす」
「まーす」
今日は日曜で、バイトの日だ。俺のバイトはとあるオフィスでの映像制作業務だ。どんな映像を作っているのかと言うと、結婚式場で流される映像だ。よくある新郎新婦の出会いからこれまでの歩みだとか、再現ドラマだとか。ああいった類の映像と言えばわかりやすいだろうか。
今年度になって、ウチのオフィスにも2人の学生アルバイトが入って来た。それが青浪敬愛大学に入学した諏訪かんな・あやめ姉妹。髪留めの色が違うくらいで、他は見た目に区別することが難しい一卵性双生児だ。
2人の区別は喋り方が少し違うことから案外スムーズに行った。はきはきと、文章で喋る方が姉のかんな。髪留めの色は赤。そして、かんなの後ろにくっついて語尾を「ますー」などと復唱するのが妹のあやめ。髪留めの色は紫だ。
俺はこの2人の教育係に任命され、仕事の基本的なことを教えたり、話し相手になったりしている。正直映像編集だけで言えば学校で専門的に勉強してるこの2人の方が段違いに上手い。だけど、そこにお客さんが絡んでくると対応はまた変わる。
「かんな、あやめ」
「はいです!」
「ですー」
「来週の土曜日かな、9日。一度現場に出てみるって」
「えー!」
「です!」
「ところで越谷さん、現場に出て何を?」
「するです?」
「当然現場では映像を流すのが主になるけど、場合によっては現場で微修正をすることもあったりなかったり。で、披露宴になるから、スーツ、あるよな」
「入学式のがありますけど、それでいいですか?」
「ですか?」
「ああ、そういうのでいい。基本的にスーツ着用で」
現場では新郎新婦や式場関係者の方に挨拶をして、決まったところで決まった映像を流す。だけど、披露宴でやることはそれだけじゃない。時と場合によるけど、式の催し物の一環としてフラッシュモブとかマネキンチャレンジをやったりもする。
基本めでたい席でみんな大らかになってるんだけど、やらかしは良くないし、場の空気に水を差す。雰囲気を悪くしてしまうし、披露宴などでは最悪酔っぱらった参列者が暴れ始めたりもするそうだ。俺はまだそういうのに出くわしたことがないけど、あるにはあるとかで。
「9日は条件としては最高だな。大安吉日にジューンブライド」
「6月の花嫁です!」
「です」
「あとは天気に恵まれれば言うことなしって感じだけど」
「お天気は大事ですか?」
「ですか?」
「雨よりは晴れた方がいいんじゃないか? 式場にもよるけどブライダルカーを走らせたりもするし、ブーケトスなんかもやっぱり青空の下でやる方がいいだろ」
「確かにです!」
「ですー」
当然そういう現場だから学生スタッフだけで行くわけじゃない。社員さんの補佐係が俺で、その俺について来るみたいな感じだ。諏訪姉妹は2ヶ月仕事をしたし、そろそろ現場を見てみようかという段階に入ったのだ。
現場を見て勉強した上で、またそれが映像制作にどう生きるか。あくまでも仕事の上で必要だからこその見学。ただ、やっぱり女子は結婚式に憧れるのか、さっきから姉妹できゃっきゃと結婚式を夢見て盛り上がってしまっている。
「越谷さん越谷さん」
「ん、どうしたかんな」
「土曜日に行く現場って、私たちが映像作ったお客さんのところですか」
「ですか」
「ああ。この、馬場さんて方の式場にお邪魔するから。映像が会場でどう見えるかをきちんと意識してだな」
「楽しみですー!」
「ですー」
「えっと、仕事だからな?」
「わかってます!」
「ますー」
勉強だけじゃなくて趣味でも映像作品を作っていて、そういう関係のアルバイトまで始めてしまう姉妹だからよっぽどガチ勢なんだろう。それでも作品どうこうよりも結婚式に対する興味の方が今は強そうに見える。女の子ってそういう物なのか?
……まあ、想像するのも怖いくらいに「結婚式」とかそういう単語に食いついて来るどっかの誰かもいるし、そういうのが好きな奴は好きなんだろうな、言ってしまえば非日常だし。かく言う俺も、結婚式やなんかの会場は基本みんな笑顔だから好きか嫌いかで言えば好きな方だ。
「越谷さん越谷さん」
「どうしたあやめ。と言うか自分主体で喋るんだなお前」
「私物のカメラは持ち込めますか?」
「もしやお前、自分の素材を集めようとしてないよな」
「き、気の所為ですー」
「仕事だからな、しーごーと」
end.
++++
こっしーさんと諏訪姉妹です。バイト先の先輩後輩ですが、教育係のこっしーさん、教育係というより保護者っすね
今年度は昨年度とは違ってまだ姉妹一緒にきゃっきゃしているようで、あやめも「ですー」とか「ますー」などとかんなについて喋ってますね
ただ、現場で自分の素材を集めようとする辺りは片鱗が既に見え始めていた…?