「菜月さん、いるかい?」
「ああ、圭斗。どうしたんだ、実家に帰ってたんじゃないのか」
「ちょうど戻って来たところでね。頼まれていた物を買って来たから、それを渡しに来たんだよ」
「明日でもよかったのに」
「なるだけ早い方がいいと思ったんだよ。一応賞味期限のあるものだしね」
「それはお気遣いどーも」

 圭斗がうちを訪ねて来た。うちはと言えば、圭斗が来るなんて思ってもないから髪は手櫛でざっくり結んだ上にメガネのままだ。それでもって、寝て起きたまま着替えてないから青い部屋着のまんまで。まあ、圭斗はそこまで肩肘張る間柄じゃないけども、さすがにラフ過ぎるとも思う。
 うちに手渡されたのは“うなぎのたれ”だ。話せば長くなるけど、圭斗は無駄にウナギに気合を入れている。アイツの地元、山羽エリア湖西市は全国でも有数のウナギの産地だ。それが誇りなのだろう、せめて丑の日だけでもとわざわざウナギを食べるためだけに実家に帰るのだ。
 スーパーを見歩いていても、土用の丑の日だ何だとウナギならびにその代用品が所狭しと並んでいた。うちはウナギをあまり食べないから、そのコーナーはスルーしていたんだけど。ウナギってかば焼きの他に調理法がないような気がする。うちの知識が貧弱なだけかもしれないけど。
 でも、あのたれは本当に美味しいと思う。甘くどくて、ご飯に合う。うちはあまり白いご飯を食べないけど、味が変われば話も全く変わって来るんだ。さすがに「白飯を食わねえと飯を食った気にならない」とかいう大飯喰らいどものようにはいかないけど、丼一杯くらいなら食べられるようになるんだ。