公式学年+1年
++++
さあ、年が明けて最初のゼミだ。そうやってゼミ室、もとい緑ヶ丘大学第1スタジオに足を踏み入れると、パソコンの並びには3年生の屍の山が築き上がっていた。
「おはようイケメン君」
「あ、岡山先輩おはようございます……と言うかこの惨状は…!?」
「去年の年末からうちらも卒論ならびにそれに準ずる年度末課題の中間発表が始まっててさ。ギリギリになってる子たちが駆け込み作業で倒れてるってワケ」
その屍の中には見覚えのある黄色いジャージの先輩も含まれていて、そう言えば音声や映像作品ならともかくレポートはギリギリにならないとやらない人だったなあ、と思い出す。
余裕を見せる岡山先輩は年末のうちに発表自体が終わっているらしい。早くやらないと4年生の卒論ラッシュに引っかかってパワーポイントを作るにも作れないから、という作戦が当たったようだ。
「PC自習室にもパワポはあるけど、やっぱここの方が作業しやすいんだよね」
「ああ、わかります」
「かりーん、2年生のゼミ始まるからそろそろ起きなー」
果林先輩が力なくむくりと起きあがったその横では、ヘッドホンをしたままの状態で小田先輩が机に伏せている。そのディスプレイにはパワーポイントではなく、映像編集ソフトの作業画面。
「小田先輩は年度末課題とは別枠の作業なんですね」
「ううん、小田ちゃんは卒論も映像で出すらしくてさ。卒論と言うよりは卒業制作って言う方が正しいね。ゼミ初の試みだけど面白そうだしいいんじゃないって先生が」
「そういうのもアリなんですね」
ワードやパワーポイントならともかく、映像編集となるとさすがにここでしか出来ないよなあ。卒論ラッシュに巻き込まれたっぽい小田先輩にはご愁傷様ですとしか言いようがない。
「イケメン君は何か考えてる?」
「はい?」
「2年生の年度末課題」
「ああ、ちょっとどうしようか考えてるトコですね」
「2年から4年まで一貫して同じことをやり続けられるなら、やり続けた方が後々ラクになるっちゃなるんだけどね」
「そうなんですね」
俺たち2年に出されている年度末課題は、2月末だったか3月だったかまでに12000字のレポート。テーマは自由。ゼミでやっていることに絡んでいれば内容は問わないよ、と。
義務教育年齢の夏休みの宿題じゃないけど自由研究も逆に何をやっていいかわからなかったし、「自由」の名の下に何をすべきか考えることも苦行だと思う。
「その点果林はテーマが一貫してるし着眼点も鋭いけど、如何せん本人の性格がこうだから。ギリギリになんなきゃやんないのが玉に瑕でさ」
「社会学的センスはあるって先生にも言われてますもんね」
「で、イケメン君は何をテーマにするの?」
やっぱラジオをテーマにするのと聞かれたことに対しては、あまりピンと来なかった。
自分がゼミでやってることで何に興味があるのかと言えば、やっぱりラジオとか音声作品の制作だけどそれで論文を書けるかと言えば書けないし、興味の方向性が違う。
「あっ、小田ちゃんに倣って音声作品とか」
「社会学的な、ですよね」
「だね」
「内容を考えるだけの企画力もないですし、そもそも俺は根っからのミキサーなので自分が喋るのも無理ですね」
3年生は何をやってるの、なんて窘めながら階段を下りてくる先生の腕には、大量のファイルが抱えられていた。卒論はやっぱり重いね、なんて。
2年後には俺たちもそれを提出しているだろうなんて想像もつかないし、どういうテーマでそれを書こうとしているのかというところですらイメージ出来ないんだから。
「はい、それじゃあ出席取るよ。安曇野君、……安曇野くーん? ちょっと高木君鵠沼君、安曇野君は?」
end.
++++
佐藤ゼミの話を読み返してたら桃華姐さんが屍たちをやれやれ、と見ている図が思い浮かんだ。
あずみんがふらふらとやってくるのはもうお決まりのようなものだし、ヒゲさんがあずみんの行方を尋ねるのがタカちゃんと鵠さんなのもパターンね。
ヒゲゼミの卒論のテーマは「メディアに関係してれば自由」です。サブカル研究をやるもよし、お祭に出かけるもよし。何でも出来るからこその難しさです。