「ひゃっほーい」
――とやってくるその人の姿に嫌な予感がしないはずがなかった。それがばったり会ったとかならともかくサークル室。明らかに何かやらかすつもりで来ているのは明白。
「圭斗ー、お前何か死にかけてたらしいなー」
「どこから聞きました?」
「どこからだったかな。まあ、ネットワークで」
おーおーこんなにやつれてー、と村井サンは僕を舐め回すように見ている。村井サンは特にバイタリティ溢れる人だから、ひと夏動き回っただけでバテることはまずない。僕からすれば雲の上だ。
一時帰省のため今日はサークルに来ない菜月さんの席に陣取った村井サンは、どうやら本格的に落ち着く様子。2年生がぎゃあぎゃあと騒ぐのをBGMに、僕はそれを遠い目で眺めた。
「圭斗はイケメンだから物憂げなオーラも絵になるけど、結構キてるみたいだな」
「とは言っても、最終的に定例会メンバーは伊東と朝霞君以外死んでたので、何も僕に限ったことではないんですよ」
「伊東と朝霞? また意外な、と思ったけど朝霞は星ヶ丘だし言うほど意外でもないか」
「伊東は夏合宿にも出てますからね。アイツこそ意外ですよ」
相変わらず2年生はわあわあと楽しそうだけど、今の僕にそれを制止してサークルを始めるだけの気力はない。村井サンとだらだら話しているくらいがちょうどいい。
こんなとき、己の体力のなさを憂うべきか、今年に限ってハードだった予定を呪うべきか。夏合宿には元々出る予定ではなかったから野坂を恨むか。いや、その元凶となった三井だ、そうしよう。
「あれっ、そういや今日菜月は?」
「何の気なしに席に座っておいて今更ですか。菜月さんは先日から実家に少しの間戻ってます」
「マジかー、せっかくこの後麻里も誘って飯行こうと思ったんだけどなー、エリア内にいないんじゃなー」
「麻里さんとお食事ですか? いいですね、せっかく菜月さんがいないことですし、野坂も連行したい気分だなー」
「おっ、いいじゃん」
ニコニコと、不自然な笑顔を野坂に向ける。僕と、村井サンの2人分だ。ジトッとした生温い視線を感じたのか、野坂が一瞬身震いを見せる。どうやら気付いたようだね。
恐る恐るその視線の元を確認しようとする野坂には、僕も村井サンも生温い笑顔を盛大に向けた。下心は敢えて隠さない。それくらいの方が悪いノリ方をしているとわかりやすい。
「圭斗先輩、な、何を……」
「いや。今日この後、4年生方と食事に行かないかい? 夏合宿の話を聞きたいそうだよ」
「あ、はい。わかりました」
夏合宿であったあんなことやこんなこと。菜月さんが1年生にモテモテで物理的に奪い合いになったことや、三井が例によって輝かしいアナウンサー講釈を繰り広げてくれたことなんかをね。
菜月さんが物理的に奪い合いになっていたときの野坂は実に面白かったね。1人百面相は神業の域だよ。もちろん、僕はそれを面白がって伊東と一緒になって遠巻きに見ていたけど。
「圭斗、お前上手く誤魔化したな」
「何のことですか? 事実、夏合宿の話も聞きたいでしょう」
「まあね」
「別に、菜月さんとのあれこれを尋問するためだけじゃあ、ないんですよね?」
「まあな」
「こういうときですから、麻里さんも野坂を労ってくれると思いますよ。アメとムチは使いようです。本音と建て前とも言いますが」
さて。まだまだだるさは抜けないけれど、そろそろサークルを始めないと。隣にいるのが村井サンなことに違和感は抜けないけれど、ムライズムのスパイスで程良くサークルを進めてもらおう。
end.
++++
圭斗さんは結局三井サンを恨む方向にしたらしい。そうすれば誰も傷つかないから万事オッケーだ!と納得したとのこと。
そして菜月さんがいないから野坂を連行しようという発想の転換w まあ、菜月さんがいないからこそ聞けることはありそうだけども。
今日の村井サンは大人しめ。圭斗さんがちゃんと元気になったら完全版ムライズムを引っ提げてまたやってくるんじゃないかな!