買い物を終え、息抜きに何気なく入ったコーヒーショップの喫煙席。連れがいないと席を躊躇する必要が少なくなるのが気楽だと思う。高崎やリンならともかくとして。
充電出来る席を確保して、スマホのバッテリーを接続する段取りを。傍らにはソイラテとチョコレートケーキ。本の準備も万全だ。ある程度長居をする準備は整う。
「石川」
名前を呼ばれて顔を上げると、星大にゴロゴロいるただの眼鏡とは違うインパクト。軽い質感の髪を茶色く染めた色付き眼鏡、それとデニムジャケット。
「えーと、岡崎」
「久し振り。隣、いい?」
この岡崎とはインターフェイスのイベント、夏合宿やら飲み会やらで顔を合わせていた。それというのもこの男も喫煙者。奴と同じ緑ヶ丘の喫煙者、高崎繋がりで何となく話をしたことがある。
この色付き眼鏡がダミーじゃなくて遺伝子の異常によるガチなヤツだという話もそこで聞いた。向島の三井君に「サングラスが厨二拗らせてる」と言われてキレかけたという話も煙の中で。
「岡崎って昼に買い物とかするんだな」
「俺を何だと思ってんの」
「気分を害したならすまない。今日、晴れてるしと思って」
「何だかんだ言って星港は夜も眩しいから、いつ来ても同じだよ」
「確かに」
夜遅くまでギラギラ輝く星港という街だ。それ以外の町はどこからどう見ても田舎で、深夜0時までやっている店を探す方が苦労するというのに。
「石川はどんな本読むの? やっぱり学術書?」
「俺を何だと思ってるんだ。さっきの仕返しか?」
「ごめん、わざとではない。星大だから研究熱心なのかと思って」
「星大生でも遊ばないワケじゃないぞ」
「だよね」
俺が買ったのは星港近郊のおいしいカフェ巡りといったような情報誌だ。後学のためというのもあるし、付き合いのための情報収集とも言える。
ちょっと誰かと出掛けることになったときに、そういう引き出しがあると石川クンとしての体裁を保つことが出来ると考えた結果だ。いい人をやるには、時として都合のいい男でなければならない。
「岡崎の本は?」
「これはちょっとしたルートで入手した点字本。原文は英語。2つの言語を同時に何か出来ないかなっていう横着の結果だね」
「点字? お前まさかもう見えてないのか」
「見えてる見えてる。確かに、いつ見えなくなるかわからないから今のうちに学んでおきたいというのもあるし、将来はそういう関係の仕事がしたいっていうのもあるから」
実際にそれを触らせてもらうと、俺には何が何だか。岡崎が言うには、点字も手話も日本語とは違うひとつの言語ということだ。俺に身近な例で言えばプログラム言語の種類の違いだろうか。
「石川」
「ん?」
「そのカフェ本、緑ヶ丘近くとかエリア東部って載ってない?」
「え、ああ、ちょっと待って」
たまにこういう出会いも悪くないと、2本目の煙草に火をつけた。緑ヶ丘大学近辺のいい店を探しながら、色付き眼鏡の奥で目が動く。思えば、高崎を介さず話す機会というのはなかった気がする。
「ここなんかどうだ? “fine chase”って。ケーキが美味そうだ」
「そこは高崎の行きつけだから知ってるんだ。と言うかこの本、緑ヶ丘近郊だけで言えば高崎のデータベースに劣る気がする」
「高崎の奴、カフェ巡りしてるとか女子か」
「下手な女子より可愛いところはあると思うよ」
「へえ、次会うときのネタにしよう。詳しく教えてくれ」
「似非優等生のお気に入りも大変だ。高崎に同情するよ」
end.
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イシカー兄さんとユノ先輩の遭遇。先日何気なく遊んでた男2女1の3年トリオあみだの毒沼トリオの男子チーム。ちなみに毒沼の女子は兄さんの嫁。
美奈が菜圭と仲良しの向島寄りだとすれば、イシカー兄さんは高崎・いち氏と仲良しな緑ヶ丘寄りという印象。なので育ちゃんやユノ先輩ともある程度は話してるんじゃないかと思った。
そして、高崎は下手な女子より可愛いところがあると思うよというユノ先輩である。確かに聞き上手なユノ先輩には知らず知らずのうちにネタが溜まってるのかもしれないね!