ガシャン、パリンという音で我に返る。床を見ると、派手に散ったガラスと赤黒い液体。
「あ〜、朝霞クン大丈夫!? ケガしてない? 服は? うん、よかった〜、大丈夫だね〜。今片すね〜」
俺の足元では山口が飛び散ったガラスや液体を片付けている。俺の手元には白いままのじゃこたまごかけごはん。そうだ、俺はこのじゃこたまごかけごはんに醤油をかけようとして瓶を落としてしまったのだ。
自分のしてしまったことを理解した瞬間、改めて下に目をやる。俺は焦っていた。行きつけの店とは言え、出先で何をやっているんだ。醤油瓶ひとつまともに握れなかったのかと。
「わ、わーっ、美人さんだー……」
「こんにちは」
「こ、こんにちはー、あイタっ」
「仕事をせんか、川北」
「すっ、すみませんっ!」
パシッと頭を叩かれて我に返る。でも、仕方ないよなあ。久々に出勤したら、知らない美人さんが俺の席に座ってるんだから。その美人さんは烏丸さんとも既に打ち解けていて、センターには結構馴染んでるみたいだ。林原さんは認めてないみたいだけど。
「朝霞サン出来たよ。はい提出用の完パケ」
「よし。戸田、帰っていいぞ。長く拘束してすまない。お疲れさん」
「はーい、お疲れでしたー」
定例会に提出するラジドラは、ついに俺の手元に完成品が来た。それを俺に渡して、る〜び〜る〜び〜と浮かれた様子で帰って行った戸田を後目に、何日か無我夢中で動いていた俺は俺は動くことも出来ないでいた。
狭い朝霞班ブースの壁にもたれて、大きく息をつく。体の中から何かが出ていったような感覚。足の裏はべたっと床に張り付いている。瞼は今にも降りきってしまいそうだ。頭も重いし少し仮眠を取るか。そうしよう。宇部なら帰りに俺の存在に気付くだろう。
果たして俺はどうするべきか。いや、このままこの波が過ぎ去るまでこうしているのが正解なんだろう。だけど、きゃっきゃと盛り上がっている方を見てしまうと俺もその輪の中に混ざりたい衝動に駆られてしまうんだ。
今日は向島大学のオープンキャンパス。俺たちMMPは食堂で公開番組をやらせていただくということで現在は機材搬出の真っ最中。圭斗先輩は食堂に一足先に向かい、竹尾店長にご挨拶を入れているそうだ。
残された俺たちはサークル室から機材を下ろしつつ、圭斗先輩が戻ってこられるのを待っている。今日は微妙な天気だけど、暑さのほどは少しずつだけど和らぎつつある。これからどんどん寒くなっていくんだろうな。
暑さ寒さも彼岸までと言うのもある程度合ってるのかなと思う。少しずつではあるけれど、暑さも和らいで外を歩くのも楽になってきた。買い物をして帰る足取りも、真夏の頃よりは断然楽。
不思議な出会いのあった近所の公園は、すっかりそんな雰囲気がなくなっていた。蝉の声もいつしかなくなっていたし、あの人の姿もない。まるで夢だったんじゃないかとすら思う。それか、幻か。
公園にさしかかると、2台ほどが停められる小さな駐車場には黄色っぽい色合いの小さな車が止まっている。2人乗りだよね、これ。この辺では見ない車だし、ナンバーも星港とか向島の物じゃない。ちょっと怪しいよね。早く行かなきゃ。