周りは本当に山だから。そう言われてやって来た緑ヶ丘大学の麓は、本当に山を切り開いた学園都市のようだった。緑ヶ丘大学は向島エリア有数のマンモス校で、学生数も多いし設備も最先端という印象がある。
今日は最寄駅からスクールバスに乗って来たからそんな学内を突っ切る形で目的の場所に向かっている。だけど、これはナビがないと絶対に迷って歩けない気がする。何回も来れば慣れるのかな。少し不安だ。
「凄いね、学内に郵便局がある」
「あ、使うトコないと思うけど銀行ATMはあっちな」
「学内にATMがあるの!?」
「えっ、青女はないのか?」
「ないよ!」
「郵便局は?」
「ないない!」
「うわっ、何か縁起でもない物が置いてる」
さーて今日も制作だ。そんなノリで部室に行くと、机の上には平面ピラミッド型のハンバーガータワーが組まれていた。もちろんまだそんな季節じゃない。このタワーを積み上げるには1ヶ月ほど早いんだけど、何でそんなモンが今美術部の部室にあんの?
「あ、唯香さんおはようございます」
「どしたの実苑これ」
「これですか? 文化会発表会のシンボルだという風に聞いたので、作ってみました」
「アンタの仕業かい」
改めて思うと、変なことをしてるなとは思う。血迷ったのかと言われても仕方がないかもしれない。どうしてか俺は今ラブホテルの大きなジャグジーでヒビキと一緒にゆったりしていて。自分でもどうしてこんなことになったのか訳がわからない。
今日は大学の健康診断と履修登録の日。だからバイトは丸一日お休み。ここのところずっと残業続きで、まだまだ棚卸に向けて忙しいことはわかっていた。だから履修登録が終わったら会社に行こうと思ったら主任から来ちゃダメって言われて。
これまでずっと働いてたから、それを突然奪われるとどこで何をしたらいいかわからなかった。当てもなく星港の街をふらふらしてたら、買い物中だっていうヒビキに会ったんだ。せっかくだからお茶でもする? そんなノリでカフェに入ってさ。
「あれー? ないなあ」
カチッ、カチッと聞こえるクリック音に合わせてカズが首を捻っている。うーんとかあれーとか、どうやらネット上で何か探し物をしている様子。せっかく今日は元気そうなのに、1日探し物で終わっちゃ勿体ないし、少し声を掛けてみよう。そもそも、カズが触ってるのはうちのパソコンだし。
別に触られて都合の悪い履歴……ないことはないけどカズにとってはBL絵や小説なんか今更みたいなところがあるからそれが割れる分には全然いい。だけど、カズの知らない間にうちが何か触っちゃってて今に至ってるんだとしたら申し訳ないしね。ちなみに、カズは伊東家の掟に則り住んでたマンションを引き払いました。
ピンポンとインターホンが鳴って、モニターを見る。合鍵を渡してるのにご丁寧に毎回俺の返事を待つ姿がとてもカワイイと思うけど、合鍵を渡してるんだからたまには勝手に上がってきてくれればいいのにと思う。
「いらっしゃい」
「宏樹さんこんにちは。食材が少なくなって来てたんでお買物して来ましたよ」
「ありがとう」
青敬の学部移転に伴って移り住んだ新しいマンションは、入居から2ヶ月弱ほどかな。大分俺の生活感も出てきたなと思う。前の狭くて少し暗いアパートも良かったけど、今の明るいマンションもそれはそれで悪くない。
さとちゃんと付き合い始めてからは大体1ヶ月。元々がさとちゃんの勉強の被験者だと思ってたし、これ以上さとちゃんに甘え過ぎるワケにもいかないなと思って黙って引っ越したんだけど、何か偶然また引き合っちゃって。
また偶然出会えたら。そんな都合のいいオカルトに仕立て上げたのは自分だから、きっちりと責任を取ることにした。それを抜きにしてもさとちゃんのいない生活がこんなに味気ないんだって、行方をくらませてた間に思い知らされたんだけどさ。