空と海の境を繋ぐ線は、ゆるく弧を描いていた。
「風が気持ちいいですね〜」
「ええ」
春に近づいた風が潮の香りをのせて、無花果色の髪を揺らす程度に吹いた。
タオはそれをぼんやりと見つめて、白い砂の上に腰を下ろす。
真昼の陽射しを吸い込んだ砂地は、温かかった。
隣のヒカリはそれを見て、倣うように自分も傍に座る。靴の先が濡れるのは、それほど気にならない。
「何だかもう春みたいですね」
「そうですねぇ」
「あ、お魚っ」
小指の先くらいしかない小さな魚が、足元を駆け抜けるように游いでいった。
あまりに楽しそうに笑う恋人につられて、思わず笑いが溢れる。
大した理由もないのだけれど撫でた髪は、柔らかかった。
アイボリーのマフラーの先が、水に浸かりそうで浸からない。
微睡むように寄せては返す青い海の、波打ち際の透明な波がとても好きだ。
短い会話を繰り返しながら、砂に埋もれた貝殻を拾って、また言葉を交わした。
ゆらゆら、陽射しを弾いた波が硝子のように揺れている。
思えば約一年前の春に、ヒカリが此処に越してきてから。
毎日のようにこうして、他愛もない時間を過ごした。
その中で越えてきた、春から夏に変わる片想い、夏から秋に変わった両想い。
そうしてどちらからともなく想いを打ち明けあった冬。その季節すらもうすぐ終わって、彼女と出会って二度めの春がもう近づいているなんて。
「考えごとですか?」
「ええ、私にしてはずいぶんと時間の早く流れた一年だったと思いまして」
「?」
「素敵な春を迎えられそうだと、言ったのですよ」
ふわり、繋いだままの指を、満ちてきた波が覆い尽くして、浅い水に沈めた。
彼女は首を傾げたけれど、別に悪い意味ではないことは伝わったのか、にこりと笑う。
空と海の境を繋ぐ線は、今日もゆるく弧を描いていた。
変わらないもの、は少ないだけで、このせかいには充分に存在していると思う。
もうすぐ迎える暖かな季節を、また同じように迎えて越えて。
当たり前の如くそれを約束するように繋いだ手を、浸した水は相も変わらず、きらきらと透き通っていた。
水宙カテドラル
(それは芽生えたひとつの悠久)