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足りない


There is one bottle in the corner of my heart.
But it becomes empty immediately unless it does not have a bottom and continues getting water from you.



見上げた窓から覗く空は、絵の具を溢したように真っ青だった。この位置からは見えないけれど、多分今日の太陽はとても眩しい。

「ヒカリ、」
「はい?」

名前を呼べば、隣に座って本を読んでいた彼女は顔を上げた。
苺色の目がぱたりと瞬く。用件は始めからない。

「どうかしましたか?」
「うん、別に」
「もう、どっちですか」
「…うん」
「?」

ぬるい風が指先を撫でる。その手で引き寄せるように肩を抱いて、視界が無花果色に染まるのを、他人事のようにこれが愛おしいということなんだと思いながら、ぼんやりと見つめていた。
耳に張りつく蝉の声が、滲んで歪んで、煩い。

「チハヤさん、」
「…何?」
「今日は眩しいですね」
「うん」

蝉の声が、煩い。君の声が、近い。
くらりと揺れた床をゆく日差し。目を閉じた僕には見えないけれど、多分今日の太陽はとても眩しい、から。


「ヒカリ、」
「はい?」
「午後の予定は?」
「…何もないですよ」


約束ごとは声にならない。今日一日、このままふたりで。
言葉にしない。けれどもふわり、宙に浮く吐息、彼女も微笑っている。


蝉が煩い。窓の外は快晴。見える景色は絵のように美しく、欠けているものは何もない。

それでも僕たちは時として、無いものだらけの部屋に閉じ込めた優しさだけを、見つめたくなる。
必要以上のぬくもりを欲しがって手を放せなく、なる。


ああ、それは多分、あの窓の外には存在しない、もの。
今日は少し、眩しい。



There is one bottle in the corner of my heart.
But it becomes empty immediately unless it does not have a bottom and continues getting water from you.


足りない


私の心の片隅には、一つの瓶があるのです。
けれどそれには底がなくて、貴方から水をもらい続けていないと、すぐに空っぽになってしまうのです。

▼追記

少女アルストロメリア


私が本気で恋した人は、冷たくてきつくて、恋なんてものは受け付けてもくれなそうで。
けれどもやっぱり、私の、誰より好きな。



「チハヤ、チーハーヤ」
「……」
「…チハヤン」
「その名前で呼ぶなって言わなかったっけ?」
「聞こえてるじゃん」

聞こえてるからこその無視だよ、という彼の返答には耳を貸さず、何作ってんのと手元を覗けばオリーブオイルのいい匂い。
相変わらず上手いな、なんて今更なことを思う私と、露骨に邪魔そうな顔をするチハヤと、そんな毎日の光景に呆れ笑いを漏らすアルモニカの人達。
日常になりつつあるこの一連の流れの、すべての源はたったひとつの恋心なんですよ、なんて。

みんなは多分本気だなんて思っていないだろうけど。
私がアルモニカに通うのは、チハヤに会いたいから。
私がチハヤに構うのは面白半分じゃなくて、好きだから。

どこが、って聞かれたら答えに困るけれど。例えば。


「アカリ、どいて」
「えっそんなに嫌!?」
「うるさいな、燃えたいの?」
「え?あ、うわ!」


例えば、そう。こういうところ。
うっかり火に近づきすぎた袖を、引き戻された。
その顔は果てしなくうんざりして見えたけれど、それは決して冷たい人のすることではないと、思う。


「…えっへへ」
「何にやけてんの」
「何でもなーい」

好き、やっぱり誰よりも、絶対に。
でも当たって砕けろ精神で行ったら間違いなく砕けるのは分かってる、から、少しの怯えが消えなくて、冗談めかして話しかけるだけ。だった。
昨日までは。


「…ねぇチハヤ」

火を止めたところを見計らって、声を掛ける。ざわめきに消されてしまうかなと思った声は、けれども彼に届いていたらしく。

かち合った視線に、言うべきことは何なのかだけを考えて。
今だけ、ものすごく強い女の子になりたい。今だけ、この今だけ。



「…私ね、チハヤの特別になれるように頑張るから」



言い切った言葉の意味を考えることはせずに。笑ってみせた、にやり。
藤色の目が、それなりに揺れただけで今は充分。


音楽が、うるさい。
黄色い電気とざわめきの隅、私達はしばらくお互いから目を逸らせずに、いた。




少女アルストロメリア

(君に突きつけたショッキングピンクの覚悟)
▼追記

彼女の名前


朝、目を覚ましたらそこに在る。
ふわふわ揺れた日常の、幸福の正体に、酔ってしまいそう。



林檎のジャムと焦げたパンの匂い。
瞼の裏に入り込む真っ白な日射しで、目を覚ました。

「……」

目を、覚ました?
一瞬自分の状況がよく分からなくなって、魔法使いはぼんやりと滲んだ思考を立て直すように数度瞬きを繰り返す。
ようやく澄んできた頭に、聴こえてくる途切れ途切れの鼻唄。ああ、そうか。


「…お早う」
「あ、おはようございます〜」


キッチンでくるくると動き回る人影。声を掛けると彼女は振り返って、にこりと笑った。
それからふいに少しだけはにかんで、ちょうど起こそうか迷ってたんですよ、なんてこっちを見上げるものだから思わず俺も笑顔を浮かべる。


「…久しぶりに、眠った…案外寝られるものだな」
「でしょう?朝ごはんは食べられますか?」
「…うん…」


未だにどことなくふわふわと傾いたままの頭で、何となく返事をしながらティーカップを受け取って。
睡眠を取るのなんて何年ぶりだろうか。こうして夜は眠って朝は目覚めてというのも悪くないな、なんて、林檎のジャムが視界の端できらきら透き通っている。


欠伸をひとつかみ殺して、窓から朝日を眺めた。
四角いガラス越しに見える景色は、昨日までを過ごしたあの家のものではない。


「はい、」
「…あ、うん。…有り難う」
「コーヒーでいいですか?」
「…うん」


窓の外に流れる水路も、聞こえる鶏の声も、吹き抜ける緑の匂いも、当たり前のように此処にいる君も。
何もかもが、昨日までの俺にはなかった、特別。
今日から始まる、日常。


「…ヒカリ、」
「?」


ああ、なんて。
朝、目を覚ましたらそこに在る。
ふわふわ揺れた日常の、幸福の正体に、酔ってしまいそう。



「…今日から、よろしく」



視界の端できらきら、薬指に揺れた光の意味を。
夢ではないと確かめたくてそう口にすれば、ヒカリは驚いたように真っ赤になって、けれどもいつもの笑顔ではいと頷いた。




彼女の名前

(それは未来を表すための鮮やかなことばに、よく似ている)


▼追記

深海ノーチラス ※悲恋


化石のように渇くこともなく、想いは今も深い水の底。
今でも、ずっと。



「……」

ざあっという強い春の風が、手向けたばかりの白い花を少しだけ散らしていった。
けれども別に構わない。花ならまだある。

ぽとり、落とすように白い花をもう一本。
静かに佇むその墓の前へと置いて、反対の腕に抱えていたすべての花も、ばらまいた。


ヒカリ。

それは多分自分が、生涯忘れることの出来ない唯一の名前。
自らの名前すら曖昧になりそうな長い年月の中で。
自分の名前は、もはや誰も呼ぶことはないだろうから消えてしまっても構わない。けれども彼女の名だけは、忘れようとしても消えはしないだろう。

否、忘れようとすら、出来ないのかもしれない。


目を閉じれば、彼女の声が聞こえた。
悲しみよりも先に少しの笑顔が零れるのは過ぎた月日の賜物なのか、それとも、笑うということの大切さを教えてくれた彼女が、今でも自分の中では鮮やかなものとして在り続けているからなのか。


分からない、な。
笑顔を過ぎれば急速に襲いかかる悲しみを、どうしたらいいのかなんて今でも解らない。
きっと、これから先も解らない。それでいい。


「…ヒカリ、」

撫でた灰色の石に、彼女の柔らかさは微塵もない。けれどもそれは日射しを受けて微かに温かく、例えまやかしなのだとしても、触れないよりは届くような気がして。


ヒカリ、ヒカリ。
そろそろ君の愛した暖かな季節が来て、君に手向ける花の種類も数え切れなくなる。
星の綺麗な季節は過ぎて、けれども凍える夜が終わるのはいいことなのかも知れないね。



最初で最後の、永遠でした。

座り込んでその後、何を思ったのかは分からない。
ただ、心というのはどこまで残酷なんだろうと思うほど、君のことを思い出していた。そんな気がする。



化石のように渇くこともなく、想いは今も深い水の底。
変わることなく褪せることなく、ただ静かに呼吸を続ける。


そこに在る確かなものを、愛と呼んでいいのかはもう分からない。
けれどもきっと自分はそれを最期まで手放せないだろう。

願っているのだから。
忘れなければ、いずれ逝く世界で君に繋がるのだと。




深海ノーチラス

(愛してくれて有り難う、愛しています)


((次の世界で、待っていて))
▼追記

唇から零れ落ちるメルヘン ※チハヒカ


夢見がちなことを願ってみたりなんてするような性分でもないけれど、もしも幼い日の僕に会えるなら、ひとつだけ教えてやりたい。


「どうかしたんですか?」
「…いや、何でもないんだけどさ」

俯くたびにさらりと流れる髪を、それが頬に作る影を。
その横顔を眺めていた。春にしては眩しい午後の月見の丘。

「ならいいですけど…少し暑いですか?」
「え?」
「ぼーっとしてますよ」

さっきから、と言われて、そういえばいつからこうして話は耳を素通り、ぼんやりとしたシルエットばかりを眺めていたんだろうと気づく。
ああごめん、と言えばくすくすと笑う声がして、上機嫌な苺色の目がこっちを向いた。

「別にいいですけど、珍しいですね」
「何が?」
「チハヤさんがぼーっとするなんて、見たことないような気がします」

疲れてますか、と気遣うヒカリに大丈夫と答えて、傾いた身体を起こす。
もはや珍しいことではないけれど、彼女から誘われたピクニック。世間ではこれをデートとか呼ぶんだろうなと思うと、僕は未だに不思議でしょうがない。

「考えてたんだよ」
「?」
「昔の僕が今の光景を見たら、絶句するだろうなって」

ヒカリといることに違和感はないのだけれど、それこそがミラクル。
自分でもたまに現状に驚く。

「なんでですか?」
「…何でも」

そう、こんなふうに当たり前の会話をしているところだとか。
その相手がこんな気の抜けた女の子だとか、けれど誰から見てもよく解るくらいに僕らは普通の恋人同士だとか。


「分かんないもんだね」
「?」
「…知りたい?」
「はい」

にこり、笑って問いかければ僕のそれより遥かに無邪気な顔で、にこり。
ああやっぱり、これだからついつい楽しくなってしまう。


「要するに、ヒカリといると飽きないねって話だよ」


不思議なくらい、当たり前に、好き。
風のざわめきに消されそうな言葉は、けれども確かに彼女の耳にも届いたようだった。



夢見がちなことを願ってみたりなんてするような性分でもないけれど、もしも幼い日の僕に会えるなら、ひとつだけ教えてやりたい。

ほんの数年先の未来で、最高の時間が待っている、と。
そしてその時、隣には一人の人間がいてくれるのだと。




唇から零れ落ちるメルヘン

(砂糖をひと掬い、)


▼追記
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