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氷色熱帯魚 ※ディルカ×エンジュ


掬い上げて震える喉を撫でて、息も出来なくなるくらい。
そうして何も見えなくなった私に、最後に優しく口づけて。



「…あなたって、よっぽど変わってるのね」

恋をした。それに気づくのはそれほど難しいことではなくて、苦しいのはそれから先。
秘密を抱えたまま、今まで通りを装って、貴方と言葉を交わすこと。

「なんでだよ?」
「毎日私と話したがるのなんてあなたくらいよ」

鬱陶しそうに、心なんて開いていないような顔をして。
貴方から目を反らした。いつもそうしてきたように。

「だってなぁ、何となく会いたくなるし…っておいエンジュー、こっち向けよ」
「別に聞いてるわよ、どこ見たっていいでしょ」
「…ちぇ」

ふわり、視界の隅で赤紫の帽子が揺れる。どこか遠くを向いた気配に、ちらりと彼のほうを振り返った。
いつからだろう、目を反らすことに寂しさを覚えるようになったのは。らしくない。いつから、その横顔に触れてみたい、だとか。


「…ん?」
「あ、…何でもない」

澄んだ湖を見つめる眼差しをぼんやりと見つめていたら、いつのまにかそれが自分を映していた。ぱっと視線を外して、私も湖に意識を戻す。
数秒、確かに真っ直ぐ重なった翡翠。その中に映った私は、貴方から見てどんなものだっただろうか。


「…エーンジュ、」
「…なに」
「最近おかしくないか?」

湖面の私が揺れている。掻き乱されて欠けてまた戻る。

「別に…」
「嘘つけ。言いたいことがあるんならちゃんと言ってくれよ」
「……」
「エンジュ、」

ぱさり、吹き抜けた風に赤紫の帽子が落ちる。私のリボンも揺れている。もがくようにふわふわと。

湖面の私が風に壊れていく。貴方から目を背けるのはとても、寂しい。ああ。


「…、て」
「え?」
「…明日も、会って」


貴方は変わり者だ。私は会話も笑顔もきっとぎこちないのに、貴方はそれでも私に会いに来る。傍にいてくれる。

甘えていい、と錯覚したのは、貴方のせい。
波立つ湖に、私が溺れていく。


掬い上げて震える喉を撫でて、息も出来なくなるくらい。
そうして何も見えなくなった私に、最後に優しく口づけて。

どうかこの息の繋ぎ方を教えて。
そうして願わくは。




氷色熱帯魚

(同じ想いを、抱いて)

▼追記

目蓮華


溶ける花のように甘く柔らかな眼差しならば、君に宛てる愛だと言えるのだろうか。



「はい、笑ってください」

カメラを構えたシモンが、もう少し寄れと手で合図する。

「はい、チーズ!」

僕が一歩詰めるよりも早く無花果色の頭がすり寄ってきて、決まり文句と一緒にシャッターが切られた。


「撮れましたよ、どうですか?」
「わぁ、ありがとうございます」

完成した数枚の写真を片手に、楽しそうな声で彼女は礼を言った。シモンもそれにいいえと笑って撮影代を受け取り、また彼女と写真を覗いてあれこれと話している。

僕は椅子に腰かけて欠伸を噛み殺しながら、窓から見える青すぎて直視できない空を眺めた。
晴天、休日。この二つが揃うと必ずと言っていいほど、ヒカリはピクニックに行きたがる。日頃は構わないのだけれど今日はさすがに暑すぎて、屋内にしないかと提案してみた。

その結果、なぜか今に至る。
じゃあたまには写真を撮りましょうそしてアルバムに飾りましょうと相変わらず唐突な彼女の提案で、半ば引き摺られるようにしてここまで来た僕と彼女は、やたらきちんと写真館で並んで写真を撮っているのだ。
まったく、らしくなさすぎて笑えてくる。


「…ああ、これは…」

そんなことをぼんやり思っていると、向こうから少し落胆したようなシモンの声が聞こえてきた。
会話をする気はなかったのだが目があってしまい、気の小さい写真屋の店主はびくつきながら、僕にもその写真を見せる。

「…あなたは、あまり写真が好きではありませんか?」

そこには、無表情な僕が映っていた。
写真は特別好きではない。けれどそこまで不機嫌なつもりもなかったのだが。
ふとヒカリのほうを見ればシモンと同じように嫌だったのかと聞くから、僕は別にと首を振った。


「…嫌いじゃないよ」
「…?」

嫌いではない。
ただ、形にされるのが怖いだけだ。

「ねぇ、僕っていつもこんなに無表情かな?」
「え?そんなことは…」
「……」

怖いだけだ。頭の奥に、とても昔の写真の記憶がある。
枠の中の僕は無表情だった。まるでこの写真のように。


「…君にも、こういう目を向けている?」


怖いだけだ、君からもらったものをまだ手に入れきれていないと教えられるのが。

僕はまだ、簡単に笑顔になれる人間ではないらしい。
君と違って。



(追記に続きます→)
▼追記

心球儀 ※魔ヒカ


心をひとつの形にして手に持つことが出来たなら、君の心が視ている世界の広さを受け止めることも簡単なのだろうか。



「魔法使いさん」

例えば、名前を呼ぶ声も。それに振り返れば向けられる笑顔も。

「…おはよう、ヒカリ」
「ふふ、おはようございます」

すべては君のものであって、俺はそれを聞いたり見たりしているだけに過ぎない。

「今日は暑いですね」
「…うん、」

どれほど小さな町だとしても世界は広く、それにどこまで目を向けるかは自由だ。ただ、きっと俺はあまりそれを見ていないほうだし、彼女はそれを両手に有り余るほど見ているのだろうとは思う。そして。

「あんまり暑かったから、ここに来る前にアルモニカでジュースを飲んできたんです」
「…珍しいね」
「はい、ちょうどチハヤさんに誘われたのもあって」
「…、」

外の世界を見るということは、誰かと、たくさんの相手と関わること。それは声を発して言葉を交わすことであったりそれに笑い合うことであったり、心を通わせて。

「魔法使いさん?」
「……」

何かを感じたのか苺色の眸が疑問符を浮かべて覗いてくる。
俺はただ沈黙を守って、願わくは君が今の俺の感情を察しないように祈った。ぐるぐる、絡まってほどけない醜い色の糸が君に繋がってしまう。

「…何でも、ない」
「…本当ですか?」
「…うん」

大切に思うことと特別に想うことが違うのは知っている。
きゅ、と握られた手のひら。いくらヒカリが鈍かろうとそれは彼女が俺を特別に扱うようになってからするようになった仕草で、それを握り返すのだって、そこには他と違う感情がある。何も気にすることなんてないと、言葉では解っているのに。

例えば、名前を呼ぶ声も。それに振り返れば向けられる笑顔も。
それが数多の人間に向いてもすべては君のものであって、俺のものではないのだけれど。
ああ、解っているのになぜまだ欲しがったり、とか。


「…ヒカリ、」
「はい?え、わ…!」

歪で脆い独占欲。笑うしかないそれを悟られたくなくて抱き寄せれば、驚いたような声に少しだけ満たされて。



心をひとつの形にして手に持つことが出来たなら、君の心が視ている世界の広さを受け止めることも簡単なのだろうか。
なんて、不可能なことを思いながら俺は今日も、それでも彼女の一番傍にいる。




心球儀

(その中心に鮮やかな、君)
▼追記

クリスタル・ラヴ ※クリクレ


透明なだけじゃ満たされない、綺麗なだけよりもう少し深く。



「一方的になってしまう気がする?」

午後の日差しが暖かい教会の椅子に腰かけて、視線だけは聖書を追いながらカーターは首を傾げた。

「はい…何て言うか、僕だけが好きなんじゃないかと思ってしまう時があったり」
「ほう」
「あ、もちろん彼女を疑ってるわけじゃないんですけど、時々」

光を零すステンドグラスに視線をさ迷わせながら、僕は何となく胸の中にある蟠りを打ち明ける。

「平たく言えば、不安だと?」
「…まぁ、そうです」
「人気者ですからね、君の彼女は」

からかうような声音に浅いため息をつけば、穏和な神父は宥めるように聖書を閉じた。そうしてそれからふむ、とこちらを見て何か言葉を選ぶ。

「私には、寧ろ君たちは対等すぎるくらい同じに見えますがねぇ」
「…そう?」
「ええ、これは口止めされているのですけど…」


誰に、と聞けばカーターは面白そうに目を細めた。そうして悪戯話をするように、ひとつ。


「…まさか」
「おや、本当ですよ」

話を聞いた僕は、予想外の言葉に少し混乱して視線を神父へ向けた。けれども彼はにこり、楽しげに笑うだけ、だ。


透明なだけじゃ満たされない、綺麗なだけよりもう少し深く。


「クリフー!」

夕方の葡萄畑に、聞き慣れた声が響き渡る。

「クレアさん、仕事は終わった?」
「うん、ついさっきね。夕飯でもどう?」
「いいね、行くよ」

誘いに了解の返事をすれば彼女は嬉しそうに笑って、夕陽に輝く金の髪を一束かき上げた。見慣れるということを忘れてしまいそうな仕草に思わず見入れば、どうしたのと首を傾げるから我に返って何でもないと首を振る。彼女もそう、と納得してそれじゃあ行こうと僕の手を引いた。

日差しのような、ひと。とても眩しいと思ってしまう、僕の大切な人。
時折思うのだ、彼女と僕とは不釣り合いではないのかと。けれど。


『この間彼女も、全く同じことを聞きに来ましたよ』


耳の奥にそんな言葉が蘇る。あれは嘘なのか本当なのか。
事実だとしたら僕はきっと、幸福だ。


透明なだけじゃ満たされない、脆い美しさなら要らないから、もっと。
誰より傍に、いさせて。

僕は掴まれた手を握り返して、ふとそんなことを思って、想って。




クリスタル・ラヴ

(指を絡めたのは僕だけではなかった、)
▼追記

人は誰も温かいよ ※チハアカ


触れたいのは体温ではなかった。
けれどそれが何なのかと言われたら、言葉に出来ないようなものなのだけれど。



霧雨を避けた屋根の下で、紙袋がかさ、と音を立てる。それを抱える隣の彼女へと視線を向ければ、止まないねと苦笑するからそうだねと返して、僕も袋を抱え直した。


買い物に出た先で偶然会ったアカリと立ち話をしていたら、いつのまにか雲が来ていたらしく。
慌ててふたりで屋根の下に逃げ込んでから数分。雨は強くもならないけれど傘も持たずに歩くのは難しいくらいを保って、ただ降っている。


「……」
「でね、だから…チハヤ?」
「え?…あ、ごめん」

考え事をしていたら、どうやら彼女の話を聞き逃したらしい。謝ればアカリは別にいいけどと首を振って、どうかしたのと聞いた。
何でもない、と答えて、僕はぼんやりと宙を見つめる。


雨は嫌いだ。
晴れ渡る空が特別好きなわけでもないけれど。
でも、雨の持つ独特の静けさと騒音が、嫌いだ。

それは寂しいという感覚によく似ていて、皮肉にも冷たい滴は涙と、似ている。


「…チハヤ?」

喋らない僕を不審に思ったのか、アカリが手を伸ばしてきた。その指は雨に濡れている。

触れたいのと触れられたくないのとがない交ぜになって、真っ直ぐな眼差しを正面から受け止めたら何かに気づかれてしまいそうで。

僕は咄嗟に腕を伸ばして、屋根の下の乾いた身体を、抱きしめた。


「え!?チハ、」
「…煩いよ」
「な、なんで私が怒られんの」
「なんでだろうね」


じわ、と指先を溶かした温かさに、自分の指も雨に濡れていたことを知る。諦めたのか静かになったアカリのぎこちない腕が、そっと背中に回った。
その指はもう、冷たくない。


雨は嫌いだ。
それは寂しいという感覚に似ていて、皮肉にも冷たい滴は、涙を忘れた頬でさえ構わず降り注ぐ。


「…君は、温かいね」


強くなる雨の中、行き場をなくした紙袋が足元で音を立てる。



触れたいのは体温ではなかった。
けれどそれが何なのかと言われたら、言葉に出来ないようなものなのだけれど。


その日、僕の言葉を聞いた彼女は戸惑ったように、そしてやがて視線を合わせて当たり前のように、こう言った。




人は誰も温かいよ

(信じられないのなら確かめて、雨が止むまで)
▼追記
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