ほろほろないて谺する、あなたの微笑が仄白い夜です。
「どうしてそんなこと、言うの?」
ひやりと手首を撫でる夜風が、やけにゆっくりと進む。火傷のように痛む喉から絞り出す声に引っ張られるようにして、私は私を立たせていた。
どうしてそんなこと、言うの。たった今発したばかりの疑問が、ぐるぐる。頭の中を回っている。どうして、どうして。次第に増えては折り重なって私の中を埋め尽くすそれは、もはや疑問と呼んでいいのかも分からないほどに混沌としていて、けれども私にとっては何より真っ直ぐな問いだった。
「…アカリ?」
「……」
色の違う二つの眸が、震える足で地面にしがみつく私を見据えた。心配そうなその声に、いつもならああ優しいなあ、なんて思えるはずのその声に、酷く胸の奥がざわめく。
貴方はどうしてそんなに、冷静な声をしているのだろう。そんなはてながふつふつと、ふつふつ、と。沸き上がって、愛しくって仕方ないはずのその人を、どうにかしてやりたくなった。静かに伸ばした手の行き先は、分からない。
「貴方は何も分かってない」
そのもやもやをひっくり返してぶつけるように声に出せば、彼はまた、困ったように優しく私の手を捕まえた。少し低めの体温に、ずきんと目の奥が痛む。痛くて痛くて、そんな自分に嫌気が差した。
嫌だ、これではまるで、出会ったばかりの頃のようだ。
「どうして、寂しさは分からないなんて、言えるの?」
「……」
「私は言えるよ?貴方がいなくなったら寂しい」
「…アカリ」
「何度だって言える。貴方がいなくなったら寂しいよ。会えなくなんてなりたくないよ?私は貴方が―――」
「アカリ!」
「!」
堰をきって溢れ出す言葉に蓋をしたのは、私を呼んだ彼の聞いたことのないような声だった。はっとして引こうとした手は、けれど緩やかに引き留められてどこへも行けないまま。唇を開く彼に、私はそっと首を横に振る。何も聞きたくない、聞いてはならない気がした。けれど。
「……もう何も、言ったら駄目だよ」
まるで私の心を代弁するかのように、彼は言う。けれどもそれが私の想いと少し違う方向を向いているのを、私はいつになくはっきりと感じていた。
もう何も、言わないで。私は貴方にこそ、それを言いたい。
「どうして?」
「…うん」
「……答えて、よ」
必要だと、そう想った気持ちに間違いはない。必要にされていると、そう感じた嬉しさを忘れたことはない。どれほど言葉にしたかと言われたら少し困ってしまうけれど、それでも確かに私達は手を繋いでいる。繋いでいた。
結びあったつもりだった。どんなに長さの違う糸でも、きっと色は同じだと言い聞かせて。それは簡単にほどけてしまうようなものではないと、ないと。
私を見つめる眸が、揺れている。視線を交わすだけで、言葉はいらないとさえ思えた。それくらいの深い幸せを、貴方と分かち合った。
だからこそ、こんなときでさえ分かる。
「……君は、普通の女の子として、笑っていて」
貴方の言葉に潜む、優しい悲しみ、私に対する貴方の何もかも。あまりに混沌として真っ直ぐなそれに押し流されて、私の言葉は行き先を見失った。笑っていてというのなら、ここに居させてよ。喉が痛い。
「……君が、好きだよ」
柔らかな声が反響する。私も好きだよ。口にしかけた言葉は、眼差しに呑まれて消えていった。焼けるように熱かった胸が徐々に静かになる。代わりに冷めた雫がひとつ、頬を滑った。
この手を離さない方法は、どこにあるのか。私は模索して瞬きをする。濃紺の空が目に染みて、空気の温度に染まる手をただぎゅっと握りしめた。
貴方の声が、聴こえる。
ほろほろないて谺する、あなたの微笑が仄白い夜です。夜でした。
反響主義
(かなしいのは、誰?)