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白昼ワルツ ※アシュサト


ハロー、ハローの三拍子で、踊ろうか。君と。



からからと乾いた道の上を、荷馬車の進む音が聞こえてくる。まだ朝のしんとした空気が微かに残るこの時間、この音を聞くとああそろそろ仕事を終わらせなくては、と思うようになったのはいつの頃からか。

「アーシュくん、おはよう」

手袋を外してはたき、子羊の背中をぽんと撫でてから牧場の柵を出る。同時に近くなっていた荷馬車の音が止まって、麦色の髪がふわりと視界に飛び込んだ。

「おはよう、サト」

挨拶を返せばいつものように微笑んで、彼女は早足にこちらへやって来る。木々を挟んで隣り合わせに並んだような場所に住んでいることもあり、彼女とこうして顔を合わせて挨拶ついでに少しの話をするのは、もはや日課となりつつあった。とはいえ。

「あ、そうだ。あのねアーシュくん」
「?」
「はい」

それがないと落ち着かない、なんて思って少しだけ外にいる時間を伸ばしてみたり、雨の日でもそうしてみたり。それを自然な日課と言い切れるのかどうかは、定かでないことくらい自覚している。
それでも初めは本当に偶然の積み重ねだったんだ、と誰にともなく頭の中で言い訳をして、俺は平静を装いながら目の前に差し出されたものに瞬きをした。

「何だい?これ、カフェラテ?」
「うん。その、自家製だから味はちょっと……ハワードさんと比べたら劣るかもしれないけど、はい」
「え?」
「良かったら、もらって?」

プラムの眸を細めて軽く首を傾げた彼女の手から、渡されるがままにカップを受けとる。よく見ればうっすらと湯気の立つそれはまだ温かい。こんな早くに、わざわざ作ってくれたのだろうか。
もらっていいの、と思わず訊けば、もちろんと返されて柔らかい香りにひとつ、心臓が揺れる。

「そうか、ありがとう。……でも、なんで俺に?」
「ん、そうね、色々あるけど……」

返事を待つ間に口をつけてみれば、綿のようにまろやかな味が広がって落ちた。先ほどの彼女の謙遜を思い出して、そんなことないじゃないかと無意識に笑みが零れる。けれどそれを言おうと開きかけた口は、一歩早かった彼女の声に閉ざされて。

「寒い中頑張ってるから、日頃のお礼がてら差し入れ……かな。私ね」
「?」
「多分、アーシュくんが思う以上に、アーシュくんのこと頼りにしてる気がするから」

ありがとう、美味しいよ、自慢できるくらいじゃないか。伝えるはずだったいくつもの言葉が、はにかむように笑って投げかけられた彼女の言葉に押し流され、ぽんと弾けて。俺は咄嗟に頭の中でそれを組み立て直せずに、ただひとまず、ありがとうとだけは言った。


ハロー、ハローの三拍子で、踊ろうか、君と。その無邪気な手のひらの上に、引きずり込まれるならそれも悪くない。

「……俺はさ、サト」
「?」
「多分、サトが思う以上に。今の言葉、嬉しかったって思ってるよ」

プラムの眸が、視界の隅で見開かれる。蕩けた言葉の余韻を消し去るように飲み込んだカフェラテは、それよりもさらに甘い味がして、呼吸を忘れるかと思った。




白昼ワルツ

(緩やかに、落ちていく)
▼追記

故意心Lv.1 ※グレクレ


もしもこの腕がもう少し長かったら、この足がもう少し速かったら。



「グレイ」

冬にしてはぬるい風が、それでも確かに少しずつ熱を掠め取っていく。安いマフラーを引き上げてぐるりと首に巻き直しながら、足元で同じように動く影を一歩踏んだときだった。

「グレイったら!」
「うわ!?」

ふいに聞き慣れた声が耳を叩き、振り返るよりも早く背中にかかる柔らかい衝撃。焦点を少し下げればぴたりと触れた眼差しと、背中を叩いたときのまま伸ばされた白い手に、俺は一拍遅れて口を開いた。

「クレア、さん」

口にすれば目の前の顔は声を聞いて浮かんだシルエットに収まり、頭の奥でふんわりと落ち着く。咄嗟の出来事に動揺していた心臓も案外呆気なく静かになって、そんな俺を知ってか知らずか、彼女はわざとらしく片頬を膨らませた。

「グレイったら、さっきから何度も呼んでたんだよ」
「え?」
「なのに全然気づいてくれないし。何か考えごとでもしてたの?」

責めるような呆れを含んだ口調はすぐに消え失せ、彼女は気遣うようにこちらの表情を覗き込んだ。空色がぐっと近くなって、ふるりと揺れる。

「そんなことは、ないけど……」

答えた言葉は事実であって、けれど勝手に唇から出たものだった。瞬きに掻き乱された思考は先刻の自分が何かを考えていたかなど冷静に思い出すより早く、ひとまずこの距離から逃れることを選んだらしい。
実に俺らしい、惜しい本能だ。それならいいの、と離れていって細められた目に笑みを返しながら、心の中でそう自分に毒づく。

「あ、ねえ」
「え?」
「グレイは、どこか行くところ?」

もう少しくらい、あのままだって良かったろうに。そんな本音がちらりと脳の全面に出てきたとき、歩き出しかけた彼女がくるりと振り返って言った。頭の中を悟られたくなくて、思わずキャップを深く被る。とはいえ彼女の問いかけは、そんな俺の焦りの上をするりと越えて、他愛ないものだったのだが。

「仕事も終わったから、少し散歩に行こうかと……クレアさんは?」
「同じ。息抜きがてら教会のほうまで行こうと思って」
「あ、そうだったんだ」
「うん。ねえ、一緒に行ってもいい?」

頷けば礼を言ってにこりと笑い、彼女はぱっと適当な方向へ足を向けて歩き出した。俺も初めからそちらへ行くつもりだったから、特に何を言うこともなくついていく。

「そういえばね、この間―――」

さくり、さくり。日頃見かける仕事中とはうって変わって、ゆるやかな歩調で歩く彼女は何だか新鮮だった。背中でかすかに揺れる髪が俺の隣を越えて、視界を抜ける。柔らかな靴音はいつの間にか揃って、俺はそれでも斜め前の彼女の話にうんと相槌を打ちながら、少しだけ何かを変えたくて。

日溜まりを掬う肩に伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろす。ああもしもこの腕がもう少し長かったら、この足がもう少し、速かったら。

意図せず届いてしまいました、なんて小さな嘘もつけるのに。でも。

「……え」
「……あ、ええと」
「……」
「……」

そんな考えごとに、気を奪われているつもりになって。風に逆らって振った手で、彼女の指を握った。

沈黙に、遠慮がちな力だけが伝わってくる。俺は、ふいと前を向いた彼女を見て思うのだ。


「……ばあか。言い訳くらい、先に考えておいてよ」


きっとどんな上手い、奇跡みたいな嘘だって。彼女の前では、俺にとっては多分、砂の盾。




故意心Lv.1

(ぬるい向かい風が、冷たい)
▼追記

例えば、林檎が落下する話 ※アシュサト


!アテンション
アーシュがゆったりとキャラ崩壊(お腹真っ黒的な意味で)
OKな方のみ先へどうぞ。









例えば目の前に世界一甘い果実があったなら、それをもぎ取ることが悪事だなんて、一体何人が言い切れるだろう。



からからと少し古ぼけた車輪の回る音で、顔を上げた。ふるりと揺れた長い尾の後ろ姿に、それを操る人の姿が頭の奥で瞬き、自然と唇が形を作る。

「サト」

声をかければ、遠ざかる馬がぴたりと足を止めた。次いで軽やかな足音がして、木の陰から見慣れた顔が覗く。

「アーシュくん!」
「おはよう、今日も元気そうだね」

ワンピースの裾を翻して笑った彼女は、降りた馬に一言何か声をかけ、すぐにこちらへ駆けてきた。柵の前で一瞬躊躇する素振りを見せたものの、すぐに高くはないそれを飛び越えるように跨ぐ。
くらりと僅かに傾くのを見越して差し伸べた腕に、一回り小さな手が掴まるのはほぼ同時だった。

「待っててくれれば、すぐに柵を開けたのに」
「ん、ごめん……これくらいなら平気かなって」
「駄目だよ、サトは女の子なんだから。怪我でもしたら困るだろ?」

ね、と。殊更に優しく言葉を紡ぐ癖がついたのは、いつの頃からか。
ありがとう、と少しの動揺を隠しながら髪を整えるふりでうつ向く仕草が好きで、無意識に唇が弧を描く。支えるように貸していた腕をそれとなく引いて、代わりに指先同士で接ぎ直せば、彼女は戸惑ったように声を漏らした。それを出会った頃のままの笑みひとつで流して、日溜まりへ連れていく。

「あの、アーシュくん……」
「どうした?」
「ええと、あの……無理しなくていいよ」
「?」
「私、あんまり綺麗な手してないから」

ここならもう転ばないし、とつけ足して、するりと逃げていった手を改めて見れば。なるほど確かに外での仕事をしている指をしていて、けれどもそれは気にするにはあまりにも些細な程度だった。少なくとも似たような仕事をしている俺から言わせれば、大切にしているほうだろう。

それを気にするなんて、やはり彼女も女の子らしいというか何というか。そして少しだけ、無防備だ。心を決めた女の子からそんなふうに弱味を晒されて、つけこまない男がどこにいるだろう。少なくともここには、一人もいないのだけれど。

「そんなに気にすることないよ」
「そう?」
「うん、俺は気にならないけどね」

視線を避けるように背中に回された手を、そっと掴んで引き寄せる。僅かに伝わる緊張を取り除くように、俺は努めて明るく微笑んだ。


「なんなら、証明してみせようか?」


例えば目の前に世界一甘い果実があったなら、それをもぎ取ることが悪事だなんて、一体何人が言い切れるだろう。ひとつしかないのなら自分は手を引きましょうだとか、誰かに譲りましょうだとか。善良な人間であったって、本当に欲しいものを前にしてそう言える人はきっと少ない。
そして俺は、決してそこまで希少な人間ではないのだと思う。

「……真っ赤」

接吻けた指の先から見上げた顔は驚きと戸惑いに染まり、あからさまに逆上せたその頬に、気分がいい。
俺は何事もなかったようにその手を離して、にこりと笑ってみせた。撫でるように麻痺させるようにゆっくりと鋏を入れた果実の落ちる日は、きっとそう遠くない。




例えば、林檎が落下する話

(それを待ち伏せて拾い上げる、密やかな野望)
▼追記

レイヴン ※チハヒカ


君がもしも暖かな昼なら、僕は穏やかな夜になって。



「あ」

からん、と背後で何かの落ちる音がした。次いで騒がしく転がっていく、何かの気配。流れる水の音さえものともせず響いたそれに、蛇口を捻って後ろを向く。

「ああ、行っちゃった……!」
「何の音?あれ?」
「あ、すみませんチハヤさん」

膝掛けをぱたりと二つに畳んで、転がっていった何かを追おうとソファーを立ちかけた彼女を手のひらで制して、僕は棚の近くに来て止まったカラフルな物体を手に取った。パステルカラーの象や星が無造作に描かれていて、何とも言えないクリーム色の持ち手がついている。

「何これ?……ガラガラ?」
「はい、可愛いでしょう?」
「ふうん」

雑貨屋さんで見つけてきたんです、と。満面の笑みでそう言って広げられた手に、その砂糖菓子のような玩具を返す。気が早いね、と苦笑すれば、彼女はまるで自らが子供のように頬を膨らませて、それから律儀に礼を言って受け取った。僕も水滴の残った手を払い、隣に腰を下ろす。

「良いじゃないですか、そのうち必要になるんですから」
「そうかもしれないけどね。ていうか、雑貨屋に行ったの?」
「はい、クリニックのついでに」
「どうだって?」
「順調だそうですよ」

ね、と膝掛けの下で少しだけ丸くなったお腹に同意を求めるように言って、手の中で玩具を弄る。ぼんやりとその様子を眺めていたら、やがて口元が緩み始めた。

「……君が楽しんでどうするの」
「あ、つい」
「相変わらず変なところで幼いよね、ヒカリって」
「そんなことは」
「あるでしょ」

否定しながらもその手から、からからと音を立てる玩具を離さない彼女は、まだ見ぬ誰かをあやしてでもいるかのようだ。柔らかな笑みを刻む横顔に、ふと記憶にないはずの面影が重なった気がして、瞬きをする。ゆっくりと目を開けば、それはもう見えない。

「……」

静かな窓の外へ目をやって、考えるともなしに思うことがある。家族という輪の記憶があまりない僕にはよく分からないが、彼女はきっと日溜まりのような母になるだろう。ならば僕は、何になれるだろうか。いや、それはもう決まったようなものだけれど、どんなふうに。見上げてきた背は師匠のものでしかない僕には、よく分からない。けれど。


「チハヤさん、チハヤさん」
「何?」
「……いないいないばあ」


対になる人なら、もうここにいる。だから君がもしも暖かな昼なら、僕は穏やかな夜になって。足りないものを補ったその手で、在るものを守れたらいい。それだけは、誰に教えられずとも知った、密かな願い。

「い、いひゃいんれすが……」

伸ばした頬を赤くして困惑した顔の彼女の抗議を聞き流し、思う。僕も存外気が早いのかもしれない。産まれる子にはいつか、君のお母さんは君に会うのが楽しみで堪らなかったようだよと、そんな話をしてやりたいと思うなんて。




レイヴン

(人知れぬ翼を広げる)
▼追記

君と、世界の彼方まで ※魔法アカ


だからもしも繋いだ手に、意味があるのなら。



「占い屋さん、いる?」

ばん、とノックに答える間もなく開かれたドアから、寒い風が入り込む。

「……アカリ。おはよう」

この家に来る人間の中でそんなふうに飛び込んでくる相手といえば、心当たりは一人しかいなく。俺は無意識のうちに手元の本から顔を上げるより早く、彼女の名を口にした。

「おはよう」

一言挨拶を交わせば、途端に満足いったかのように、彼女は丁寧な手つきでドアを閉めて微笑む。その頬が寒さからか少し赤くなっているのに気づき、俺は読みかけの本に栞を挟んでテーブルへ置き、何か飲み物でも出そうと席を立った。

「……コーヒーでいい?」

彼女がコーヒーを嫌いでないことは知っていたが、それとなく確認をしてからカップを手に取る。と、それにこちらを向いた彼女が、慌てて首を振った。

「占い屋さん、違うの」
「……え?」
「今日は、ここでお喋りに来たんじゃないんだ」
「……?あ、何か、急用?」
「ううん、そういうわけでもないんだけど」

ぱたぱたと手を振って止めた彼女の様子に、手にしかけたコーヒーの袋を置いた。ええとね、と言葉を探すようにしながらいじったシナモンの髪がくるりと跳ねて、また落ち着く。

「今日、寒いじゃない?」
「うん」
「だから、少し散歩に行こうと思うの」
「……え?」

するすると繋がっていた会話が、唐突に断たれたような気がする。寒い、というのならなぜ、ここではいけないのだろう。思わず疑問符を顔に出していたらしい俺を見て、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、言った。


「南の島まで」


ばん、と来たときと同様に開け放たれたドアから、冬の風が入り込む。指先を凍らせるようなそこに吐き出した笑みは白く名残り、歩き出す足の下で、古びた木の板が軋んだ。へへ、とマフラーに顔を埋めて楽しげに笑う彼女の、その隣に並んでみる。背後でドアが閉まって、ローブが纏っていた暖かな空気がどこかへ浚われた。

「寒いね、早く行こう」

急かすように手招きをして、彼女はそう言うわりには跳ねるように歩いていく。待って、と一声かければくるりと振り返る、その手を指の先で掬った。彼女は少し目を見開いたものの、温かいとはとても言えない温度を分けあうように握り返す。そのまま坂を下ればやがて、船が見えてきた。

「ねー占い屋さん」
「……何?」
「本当はね、来てくれないんじゃないかなって思ってたんだよ」
「……俺が?」
「うん」

だって南の島ってイメージがないし、と。悪気のない彼女の正直な意見に、俺は苦笑を漏らす。

「……確かに、あまり……ほとんど、行かないか」
「でしょ?だからさ」
「?」
「来てくれて、嘘みたいに嬉しい」

ぱしり、と。ふと大袈裟な言葉に顔を上げれば、まるでそれを証明するような柔らかな眼差しとぶつかって。俺は咄嗟に返事ができず、少しだけ目を反らした。
それを気にすることもなくすたすたと歩いていく彼女は、知らないのだ。俺が行くか行かないかを決めた理由は場所でも気分でもなくて、ただ彼女本人、だということさえ。

「占い屋さん?どうかした?」
「……何でもないよ」
「嘘、今何か言いかけ……」
「……あ、船が出る」
「え!?」

いつの間にか冷たいとは言えなくなった指先をそのままに、駆け出す彼女に引っ張られて風を切っていく。斜め前にある横顔は、笑っているように見えた。

離れないように離さないように、駆けていく。だからもしも繋いだ手に意味があるのなら、俺は。




君と、世界の彼方まで

(どんな場所だって煌めく、その理由)
▼追記
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