「かんなさんすみません、10分も遅れてしまって」
「10分なら誤差の範囲ですよ、大丈夫です」
文化会の会議が思った以上に長引いて、急いで来たものの待ち合わせの時間には10分も遅れてしまった。それくらいなら誤差だとかんなさんは言ってくれるが、自分では納得がいかないし申し訳が立たない。
今日はかんなさんと一緒に量り売りのアイスクリーム店に行くことになっている。先日、ファミレスのドリンクバーで大層な失敗をしてしまった際、今度はアイスクリームを自分で作ってみませんかとお誘いを受けたのだ。
俺は甘いものが好きだし、世俗的な事に詳しくないことで恥をかくのもと思いその誘いを二つ返事で受けた。ファミレスのドリンクバーでの失敗は今思い出しても恥ずかしい。グラスを置く位置がわからず思い切り液体を零してしまうなど。
「朝霞サーン、いるー?」
「どうした戸田」
「ちょっとツラ貸してー」
つばちゃんが突然朝霞クンを呼び出すから、何だろうと思うよね。ステージに役立ちそうな物でもあったかな。呼ばれたのは朝霞クンだけだけど、俺もそれについてってみる。正直まだまだ俺がステージに向けて出来ることはないからね。朝霞クンは台本を書いてるけど、それがまだ上がるって段階でもない。
ブースでは少し都合の悪いことなのか、それともその場所に行かなければならない事情があるのか。何だろうってそわそわもするし、ワクワクもする。途中で何でお前もいるんだってつばちゃんに突っつかれたけど、俺がいたらマズいのって聞き返したらそうでもないと。
「たかがケーブル、されどケーブル。ケーブル巻き選手権やるぞ」
「ケーブル巻きですか?」
突然高ピー先輩が何を言い出したかと思えば、ケーブル巻き選手権だって。確かに、放送サークルとケーブルは切っても切れない物。マイクも基本的に有線だし、その他機材のケーブルも込み込みで。巻けないよりは巻けた方が断然いいに違いない。
何でも先週、高ピー先輩がいっちー先輩とお昼休みに第1学食の前を通ったときに思いついたとか。食堂の前で軽音部がライブをやってるのはよく見る光景。だけど、フロアのケーブルが大変なコトになっていていっちー先輩がイライラしてたって。
ライブだったら多少はごちゃっとするのは仕方ないような気がしないでもないけど、それを抜きにしても汚くって見ていられなかったって。高ピー先輩によれば、いっちー先輩はエアケーブル巻きなんかをしてたそうだから、よっぽど綺麗にしたくて仕方なかったみたい。
いっちー先輩をイライラさせるほどごちゃっとしていたケーブルに、自分たちはちゃんとしようと上の2人が話し合った結果の大会。大会をやろうと言い出したのは、いっちー先輩。ただの練習よりもみんなで楽しく、切磋琢磨しつつケーブル巻きを極めて欲しいと。
「ねえ朝霞サン、ちょっと!」
「ん?」
勢いよくブースに入って来たつばちゃんが、今日も今日とて自席で書き物をしている朝霞クンに声を投げかける。書き物に集中してた朝霞クンが顔を上げてイスを動かした瞬間、背中の方に築かれた山がガシャンと音を立てて崩れた。
「あーほら、ちょっと動いたらこうなるの、いい加減何とかして!」
「何とかしろって言われても、これが限界だろ」
「どこが限界だ! その山の構成物の何割かはレッドブルとゼリーパウチの抜け殻でしょ!?」
「おはようござ……」
「トンち!」
「……うわ、びっくりした。美沙子さんおはようございます」
「全然ビックリしてない! やり直し!」
ここしばらくサークルに顔を出していなかったから、久々に顔を出してみたらいきなりこうだ。サークル室に入るなり、DJネーム崩れのふざけたあだ名で人を呼んで来る4年生。その後ろでは、無能がのほほんととぼけたように笑っている。
「リテイクは勘弁してください。それで、今日はまた何の用事で」
「クレーンゲームがやりたいんだよ」
「UFOキャッチャーとか、ああいうのですか」
「そう、ああいうの。ゲーセンに行きたい」
「行けばいいんじゃないですか」
「トンち、付き合ってくれるよね」