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結糸。男の人。



結糸が知らない男の人と歩いているのを見掛けて、それを言ったら、功兄は顔色を変えた。
別におかしな事を言ったつもりはなかったから、ビックリした。


それから何度か、そういう光景に遭遇しても功兄には言わない事にした。
なんだかいい感じはしなかったから。


そしたら暫くして、功兄から、何か隠してないかと問い詰められた。
僕は顔に出るのか、隠し事が出来た試しがないのを思い出す。

結糸を見掛けたと伝えれば、何日、何時、何処で。
事細かに訊いて来る功兄に恐怖すら感じた。

そういえば、結糸は前みたいに一緒に暮らす事はないのかと不思議に思う。
僕たちが帰って来たんだから、また一緒に暮らすんだと思っていたから。



「結糸!」

珍しく一人で居る結糸を見掛けて、思わず声をかけた。
そしたら酷く驚いた顔をして、それから笑った。
結糸の笑顔は、前は和む感じがしたけど、今はドキッとしてしまう。
久しぶりに会ったからかな。


「久しぶり!最近全然会わないからさ」

心配してたんだよ、と続けたら、結糸は困ったように眉尻を下げた。


「ごめん。忙しくて」

「結糸、今なにしてるの?」

「何ってー」

また困った表情を浮かべるから。


「今日、暇なら久しぶりにウチ来ない?」


思わず、結糸の腕を掴んだ。
驚いた表情になって、そっと掴んだ手を離される。


「ごめん、待ち合わせしてるから」

「そっか、残念だなぁ」

「またね」

「うん。あのさ」

「ん?」

「相手の人が来るまで、一緒にいていい?」

本当に久しぶりに会ったから、このままバイバイというのは嫌だった。
そんな僕の我儘に気付いた結糸は、困ったように笑う。

やっぱりドキッとしてしまう僕はおかしいのだろうか。


「結糸」

低い声が聞こえて、振り返ればサングラスをかけた長身の男の人が、結糸の腕を掴んでいた。
その男の人に見覚えがあって、一瞬功兄の顔が脳裏を過ぎる。

「ごめん、行くね」

どういう関係なのか気にはなるけど、そんなの訊ける空気じゃなかった。
逆に、僕たちがどういう関係なのかと不信に思ってるようだ。

ほらルカさん。

結糸の口から出た名前に僕は固まった。
それは、結糸を僕から奪った名前だったから。


結糸。成長。



いってらっしゃい、と笑ったから、安心していた。


海外で過ごした約2年。
一度も連絡が取れなかった。

心配はしたが、「戻る」という選択肢はなかった。
ちゃんとやっていけている。無駄にあった自信。


空港に迎えに来てくれた結糸は、やけに落ち着いていて。
同い年の弟やその友人とは違う、違和感。
身長伸びた?、なんて弟をからかう、その声もやたら大人びていた。

知らない内に。
思春期の子どもの成長は著しいとは言うが。
その言葉では片付かない。違和感。


まるで他人が結糸を演じてるようだった。



俺この後用事あるから。
そう言った結糸とは空港で別れた。
本当に、出迎えにだけ来てくれたらしく。
それは昔からの結糸の性格らしい事だったけど。

結糸を迎えに来ていた車から、見知らぬ男が顔を出す。
見た目で判断してはいけないが、よい印象は受けなかった。


それから結糸の姿を見たのは1ヶ月程してからだった。


海外にいた時と違って、連絡が取れない事はなかったが、忙しい、となかなか会う事が出来ずにいた。




結糸。バッタリ。



玄関に鍵が掛かってなくて、ドアを開けたら、足元に女物の靴。
なんだ、ルカさん帰って来てんじゃん。
女性付きで。

視線を上げると、リビングと隔てる扉も開いていて、ご本人と目が合った。


「よう、結糸」

「よう、じゃないよ」

俺に気付いた女性が、戸惑ったような表情で俺とルカさんの顔を交互に見ていた。


「彼女来るなら言っといてって言ったじゃん」

「そうだっけ?」


惚けるルカさんと、戸惑う女性を横目に俺は自分の部屋に入る。

いつもの外泊バッグを掴んで、また部屋を出た。

「あ、あの…」

「あぁ、ごゆっくりどうぞ」

女性は俺に声を掛けたけど、あしらうように横を通り過ぎる。


「泊まるとこあんのかよ」

「俺だって友達くらい居るって」

ルカさんが馬鹿にしたように言うから、笑って言い返す。

そのまま、玄関に逆戻りで。
何事もなかったように玄関のドアを閉めた。


別に依存してる訳じゃない。

リオ。信じないならそれでいい。




何故か応接室。
向かいには井上さんと新人の芝さん、隣にはオサム先生。
逃げれる空気じゃない。それはよく分かってて。
それでは、と井上さんが言い出すから何を始めるのかと思えば。覚えのある、テレコ。
一年くらいお世話になったけど、またその姿を見る事になるとは思わなかった。てか今更何を訊こうというんだろう。そして何の得があるんだろう。

半年ちょっと経ったね。そう言われて何となく頷く。
まだ実感湧かない?そんな事ない。実感があったから辞めたんだ。そのくらい察して欲しい。
率直に訊くけど、何で辞めたの?話さなきゃいけないのかなぁ。そう思ってオサム先生を見たら、俺も聞きたいなぁなんて。なんだ、助け舟的な感じじゃないんだ。ケント先生とは大違い。

趣味程度にやってます。大会には?出るつもりないです。何故?何でかなぁ。
首を傾げてみせると、バンッとテーブルに手を付いて身を乗り出した芝さん。騒がしい人だな。
何を言い出すかと思えば、勿体無い!だって。
皆そう口を揃えるから吐き気がする。
溜め息を吐いて、ワントーン下がった声。

何で大人の期待に応えなきゃいけないの。

張り詰めた空気。
まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったんだろう。

もううんざりなんだよ。
言葉を付け加えて。何か言いたげだけど、言葉の見付からない大人たち。
この答えで満足でしょ。応接室のドアに向かって言葉を投げれば、カラカラと開いたドア。その先に居たのは庭球部の面々。何とも言えない表情で立っていた。

これ以上訊きたい事も無いだろうし、バッグを掴んで立ち上がる。
もういいでしょ。

庭球部の面々を押し退けて、応接室から出る。
皆何か言いたげだけど、言えないって事は無いのと一緒だから無視した。

てっぺんには何も無かった。
それだけ。

リオ。救命はないの知っていたって。



井上さんが居た。
隠れる余裕もなく、捕まる。
突然辞めるからビックリしたよ!と肩を叩かれて、ズルリと落ちたバッグが地面とこんにちは。
あまり大きな声を出して欲しくなかったけど、この人はこんなだ。
自分が正しい。そんな感じ。嫌味はないけどね。
そしたら近くに居た女の人が寄って来た。
井上さんこの子は?と問うから、そっと目を逸らす。
勉強不足にも程がある、と言ったので、新人さんなのかと思う。
化粧の濃い、ミーハーな感じ。
あぁそんな人いたなーなんてちょっと嫌な気持ちになりながら、2人のやり取りを伺う。
隙有らば逃げようなんて考えたけど、ガッチリ掴まれた肩が無理だと教えた。
あぁもう。

新人さんは、馴れ馴れしくリオちゃんと呼んで来る。
井上さんもそう呼んでるから仕方ないのかな。
出来れば御免被りたいんだけど。
もう辞めた人間なんだから放っておいて欲しい。

今日は取材に来てたらしい。
終わった頃に私が出て来た、と。
タイミングの悪さを呪いたい。

部活の終わったコートは人気も少なく、一年生かな、が片付けを始めていた。
それをいい事に、井上さんが笑ったのが分かった。
嫌な予感しかしない。

ちょうどええやん。そう言ってやって来たのはオサム先生。
井上さんの考えがオサム先生と、私にも、伝わった。

お手合わせ。

あぁもう。

逃げる事は完全に出来なくて。
悪足掻きも無駄という事は分かった。
じゃぁさっさと済ませよう、と。髪を結う。
部室から人が出て来ない事を祈りながら。

専用ではないけど、スニーカー。
一年生が持ってたラケットを借りて。

伸びを一つ。




新人さんが息を呑んだのが分かった。
空気が、冷える。

騒ぎに気付いた部員が部室から出て来た頃には、井上さんがコートに立ち尽くしていた。

あぁもう。

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