左手のカゴに冷たく冷やした濡れタオルを詰め込んで、右手のカゴはドリンクを詰め込んで。
練習中なのを確認して、コートの近くにあるベンチに、それらを置く。
少し乱雑になったのは目を瞑って欲しい。
それから、さっきの休憩で使ったタオルを回収して早々とコートの側を離れる。
「そんな逃げなくてもいいのにね」
幸村さんがそんな事を言ってたなんて知らない。
わたしは、マネージャーではないけど、お手伝いをすると、ほぼマネージャーみたいなものだけど、雑用を引き受けた。
条件は、可能な限り部員との接触は避ける事。
またいつ発作を起こすか分からないので、ストレスは少ない方がいい。
それを部長である幸村さんは受け入れてくれて、他の部員の人たちも異論はないと、晴れてわたしは庭球部の雑用係になった。
庭球部を囲んで応援していた壁の人たちも、雑用ならと大目に見てくれるらしい。
マネージャーにでもなろうものなら、フルボッコも有り得たんだろうな。怖いなぁ。
現に中田さんの件もあったし。
「樋崎。もう終わるぞ」
「あ、はい。お先にどうぞ」
「そういう訳にはいかない」
「その言葉、そっくりお返しします」
「…」
柳さんはどうにかして、部活後のミーティングにわたしを呼びたがるのだけど、いつもこんな感じでお断りしている。
わたしがやる事は決まっているから。
最後に、ボールの数を数えてわたしの仕事は終わる。
大御所の庭球部だから、ボールの数も半端無いけどそこまでやってこその雑用だ。
数を数え終わる頃には、ミーティングも終わって帰宅し始める部員たち。
最後に、柳さんが部室の戸締りをして、終わり。
今日もボール数えが間に合って良かった。と思って着替え用に借りている空き部室を出ると、3強がわたしを待っていた。
出来るだけ接触は、とはいうものの、この3人に勝てた試しはない。
「遅いから送っていく」
そう言ったのは真田さんだった。
それには幸村さんも柳さんも賛成してくれて、校門で2人と別れる。
2人はわたしを見送りたいと、よく分からない事をいうのだ。
真田さんはわたしの体調を気遣ってくれる。
ドリンクの味が良かったとか、今日は濡れタオルの冷たさが足りなかったとか、そういうアドバイスもくれる。
とは言え、強くは言えないのだろう。
言葉を選ぶように、ゆっくり話してくれる。
「足りない事があったら言ってください」
とは常日頃言ってるのだけど、アドバイスのほかに言われた事はない。
唯一言われた事と言えば、ボールを数えるのが早いと、それだけだった。
「…ありがとうございました」
家に着いて、真田さんにお礼を言うと、真田さんも決まってこう言う。
「こちらこそ、礼を言う」
それに小さく笑って。
「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」
「あぁ、それではちゃんと身体を休めるんだぞ」
「はい」
ニコリと笑えば、安心したように背を向けて歩き出す真田さん。
その背中が見えなくなるまで見送るのが、わたしの日課。
雑用!