「それだよ、それ」
「は?」
芦原くんに指摘されたはいいが、何を指摘されたのか分からなくて、一瞬不機嫌そうな声が出た。
「だって高都くん、さり気なく優しいんだもん」
「そんな事は無いと」
「しかも無自覚でしょー」
「はぁ」
「そりゃぁモテるな」
ちょっと待て。
あれだよ、さっきのだって。一緒に食事に来て、ご飯届いたから箸渡しただけだよ。
普通やるだろ、やんねぇの?
「じゃぁさ、反対に芦原くんはやんねぇの?」
「え?」
「女の子とかと食事行って、箸渡したり、お冷注いだりとか」
「…ないね」
「そんなもん?」
「まず女の子と食事に行く機会が無い!」
「それは俺も一緒だけど」
「なんだよ、高都くんには女の子群がるでしょー!」
「群がるって、なにそれ」
もー!と芦原くんは箸でこっちを指してくる。
なんと行儀の悪い。
「まずさ、その行儀直さないと女の子との食事の機会なんてないかも」
「は?」
やっぱり彼のお行儀は自覚がないらしい。
何を指摘されたのか分からないといったように首を傾げる。
「…まぁ。好きずきなんじゃね?」
そういう事にしておこう。
決して俺はモテる訳ではない。
「デート!?」
「望さん、声大きい!」
シーッと声量を落として、人差し指を唇に当てる。
「せやかて…」
「いや、デートというか、観光案内みたいなもので…」
「でも、相手菅野くんやろ。今更地元の観光やなんて」
「私も不思議なんですけど、押し切られてしまいまして」
「あー…」
会話はまる聞こえやった。
七生のヤツ、棗と2人きりでどっか行くつもりらしい。
そらデートやな。
「英二、どっか知らへん?」
こっそり聞いてたのがバレとったんか。
望が、こっちに話題を振ってきた。
「そんなん知るか!」
なんで俺、機嫌悪いんやろ。
さっきから、胸の辺りがモヤモヤして、望に当たるような答えをしてしもた。
「そんな怒らへんでもええやんか」
「ごめんね」
頬を膨らませた望と、申し訳なさそうに眉尻を下げた棗。
なんや俺が悪い事したみたいや。
それにしても七生はなに考えとんねん。
「壁ドンというものを体験してしまいました」
後日。
棗の口から驚くべき事実を聞く事になった。
「菅野くん、やるなぁ」
なんて望、そんな悠長に構えれる事とちゃう!
七生が一時的に日本に帰ってきた。
外国で過ごしてきた事を実感させられる容姿の変わりように、最初は言葉が出ぇへんかってん。
第一声。
「棗はどうしてる?」
俺たちの心配やのうて、まさか棗の事とは。
入れこんどるな。
そう思っていたら望が、中学の頃から七生が棗を気に掛けていた事を教えてくれた。
「あぁ、せや。中学同じ言うとったな」
俺の棗への印象はそんなもんで、音楽に携わってるようには思えんかってん。
七生は全部見抜いとったんやな。流石や。
で。
七生が日本に一時帰国した理由は、向こうで七生が組んどる盤が日本のイベントに参加する為やってん。
そしてなんと。
棗も、自身の参加する盤で同じイベントに出るんやと。
完全に別世界の話や。
七生は、棗も参加する事に凄く驚いとったが、当の棗に変化はない。
そして迎えた当日。
俺たちは一般客として、七生にもろたチケットで参加した。
客の多さに、今回のイベントの規模の大きさを思い知らされる。
ドドン!
幕が開く合図の太鼓の音が響いた。
そしてファンの声。
よう見れば、太鼓の所には棗が座っとった。
軽快なリズムから四弦が加わって、ビートを刻む。それに重なる六弦。
始まってからはあっという間だった。
俺たちは拳を上げるでもなく、ただ実力の違いに呆然と眺めるしかなかった。
何組か盤を挟んで、七生の出番。トリだ。
圧倒された。
同い年のヤツがこんな技術を持っていて、それがまさか自分の友人とは。
あかん。はよ帰って練習したなった。
イベントが終わって、なんだか重い空気の源太たちと、自主練しとうてテンションの高い俺。
「お前、アホやな」
源太がそう言ったが、そんなの気にしてられんくらい、2人に追いつきたい気持ちでいっぱいだった。
「あれでオールラウンダーやなんてズルいわ」
棗の事をオールラウンダーと表現したサトシの言葉は俺には届かなかった。
練習あるのみ!
まぁが、俺の家に避難してきた。
こういう時はだいたいよくない事があった時。
部屋の隅、体操座りでただでさえ大きくない体を小さくする。
俺だって、時期こそ長くないものの、一緒にいる時間は長いから、なんとなく分かる。
多分またアイツ等に何か言われたんだろう。
懲りないヤツ等。
その言葉がどれだけまぁを傷付けてるかなんて、知りもしないだろう。
悔しい事に、アイツ等によりまだ実力のない俺たち。
小さく身を縮めるまぁに、歯痒さしか感じない。
俺たちがもっと有名で、大きな存在だったらこんな事にはならない筈なのに。
妹だから、元カノだから、
だからって言っていい事とそうじゃない事があるはずだ。
俺はただ、その頭を撫でる事しか出来ない。
そして話を聞いてやれればいい方。
アドバイスなんて出来る立場じゃない。
経験したまぁにしか分からない痛み。
先輩とか、そういうのが恨めしい。
花粉症と乾燥は、唄い手にとっては大敵だ。
そんな俺は花粉症で、点鼻薬や鼻炎薬が手離せない。
幸いにも、目にはキてないので、見た目は至って普通だ。
「おはようございます」
今日は「結」としての撮影。
まさかの月宮先生とデートという設定で。
身長が、とは思ったけど、月宮先生はベタの靴を履いてくれて、俺はシークレットブーツなので、どうにか成り立つらしい。
「…くしゅっ」
出てしまった。
楽屋でメイク途中にやってしまった。
朝から鼻炎薬は飲んできたし、点鼻薬も使ったのに…。
「なになにー、ゆうちゃん花粉症なの?」
同じ楽屋にいた月宮先生は、目敏く、というか普通気づくよな、声をかけてきた。
「はい、これでもマシになった方で」
「大変よねぇ、花粉症って」
「先生は?」
「私はならないわよ」
「自信すごいですね」
「鼻うがい、やってみてる?」
「いや、怖くて」
「あれよく効くらしいわよ」
「そうなんですか」
どうにか、撮影の間は花粉症の症状は出ず、スムーズに進んだのだけど。
終わったらどうだ。
クシャミが止まらなくなって、月宮先生に凄い心配された。
多分、鼻炎薬の効果が切れたのだろう。
何にしても撮影に影響が出なくてよかった。
後日、月宮先生から鼻うがいの専用機材を差し入れてもらった。
怖くて使えてないけど。