スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

リオ。勝者。




自信があった訳じゃない。
私は調子が良くて、相手の調子がイマイチだっただけ。

ただの打ち合いだったのが、次第にガチになってきて、ミニゲームみたいになった。

気軽に、なんて言われて。気軽にやったのが間違いだったんだ。

ミニゲームでも勝ちは勝ち。

周囲に観客が居たのも間違いだった。
女の子達からのブーイングが聞こえて、あぁ失敗した。そう思った時にはもう遅い。


風当たりが強くなった。
だから、もう関わらないで、と申し出た。
それがお気に召さなかったのだろう。
勝ち逃げ、そんな感じに受け取ったんだと思う。


そんな中で、全国大会優勝、なんてしてしまって。
一層、風当たりが強くなった。

今度は女の子達からだけじゃなくて、部員からも。

皆が躍起になって求める「優勝」。
その先に何も無い事を知って、私は辞めた。

これで、風当たりもだいぶよくなるだろう。そう思っていたのに。

何も変わらなかった。

ただ、タツキやアキラ、奏達だけは今まで通りに接してくれて、泣きそうになった。必死に堪えたけど。

そんな、後味の悪いまま。
私は学園を後にした。


学校は変われど、名前は消えない。

壱基。甘い悪夢。





やめろ。
やめてくれ。



嫌な汗をかいて目が覚めた。
変にリアリティがあって、思わず頭を振る。
そんな事、あってはならない。
俺の中から音が消えるなんて。



「どーしたん?」


ゆっくりと肩に回された腕が温かかった。
ひやりとした俺の身体を温めるように、強く抱き締められる。

思わず、その腕を抱き返せば回された腕が小さく跳ねる。


「珍しいね」


何も返さない俺に、今度は肩口に顔を乗せられる。
耳にかかる息がくすぐったい。

甘ったるい声で名前を呼ばれて、耳たぶを甘噛みされる。
ピアスが金属音を鳴らした。
それに満足したのか、また肩口に顔を埋められる。

されるがままの俺。


「ほーんと。珍し」


抵抗をしないのが分かったのか、そっと押し倒された。
首筋にキスを落とされて、何度も確認するように。


「寝ぼけてる訳じゃないべ?」


クスクスと笑って、唇に、キス。
それから目元に、鼻に、頬に。
甘いキスが落ちてきて、やっと抱き締め返す気になった。


「興奮した?」

「それはそっちでしょ?」

「バレた?」



今度は俺から軽く触れるだけのキスを返す。
足りない、と、上唇を噛まれた。


誤魔化すように、甘える。
俺はいつから弱くなった?

武末。GW前。



パァーンと小気味のいい音が、帰宅した私を出迎えた。
それに遅れて、和泉が嬉しそうに私に寄ってきた。
お前、今日も学校休んだよな。体調不良ではない事は分かっていたけど。


「なによ」

リビングでソファに鞄を投げて、制服のリボンを緩める。


「いやいや、ね?」

ご機嫌で、お湯を沸かす和泉は何処か気持ち悪い。

「ね?じゃないわよ」

投げた鞄の横に座って、和泉の様子を伺っていると、やはり笑顔で私を見る。
そんな隙に、ケトルがお湯が沸いたのを知らせる。仕事速いねケトル君。

ブラックの珈琲を持ってきた和泉は、床に座って機嫌よく私を見上げる。

「なんなの、気持ち悪い」

素直に感想を述べれば、和泉はいつもの何割か増しのへらへらした笑顔を浮かべた。
そしておもむろに立ち上がって、台所に消える。

ワライダケでも食べたか?

そんな事を思いながら鞄からノートを取り出していたら、和泉の鼻歌が聞こえた。

あ。
この曲は…。もしかして。


「ふふーん。武末ー」


お誕生日おめでとう。

その言葉と同時にテーブルに置かれたのは、苺のケーキ。しかもワンホール。


「は?」

「忘れてるかなぁと思ってさ」

サプライズ。とまた笑顔を浮かべる和泉。

私は固まってしまって、応える事が出来なかった。
それを見て、和泉は一層笑う。


「今年も手作ってみた」

なんて。
この為に今日休んだのか。

和泉の嬉しそうな顔に、なんだか胸の奥がムズムズする。
くすぐったいというか、恥ずかしいというか。

「ローソク買い忘れちゃってさぁ、
ごめんね」

へらりと笑って、皿とナイフ、フォークを準備した和泉。

早々に食べる気満々らしい。

まぁ。私も小腹空いてたし。


「ありがと」


なかなか素直になれない私は小さな声で呟く。
それでも和泉には聞こえてたみたいで、目尻を下げる。




「ほら、クリーム付いてる」

「ほぁ?」

まさかこんな温かな気持ちにさせられるとはね。

壱基。代理だからって舐めんな。



待ち合わせ場所。
時間より30分早く着いてしまって、その旨を受付の人に話したら、あっさりと部屋に通してくれた。

あぁ。緊張すんなー。
こうやって「代理」を装って人に会うのは初めてだったから。
どうやって話したらいいんだろう。

悶々と時間が過ぎるのを待っていたら、時間より5分早く、ドアが開いた。
座っていたソファから慌てて立ち上がる。


「随分早かったな」

そう言ってきたのは眼鏡。
なんだ、この高圧的な態度は。

「君がSea?」

可愛らしい顔の人が好奇心旺盛といったように、俺に寄ってくる。

「…いや、俺は代理です。深水と言います」

「なぁんだ」

可愛らしい顔の人は残念そうに声を上げた。

「何故本人が来ない」

最もな意見を眼鏡に言われる。
だって顔出し禁止だもん、まだ。
なんて事は言えず、取り敢えず、皆さんに座ってもらえるように促す。
あれ?俺のが客なんじゃねぇの?
もう一人、綺麗な顔の人は俺をジッと見つめるが何も言わない…。気まずい。


「今回はSeaに楽曲依頼という事でしたね」

ろくに挨拶をするでもなく。
仕事の話を始める。


「だから、何故本人が来ない!」

「Seaは人と話すのが苦手で」

「代理のお前はいいのか」

「長い付き合いですから」

「しかし、仕事だろう。本人はどういうつもりだ」

「ですから…」


埒が明かない。
ついでに言えば可愛らしい顔の人は興味無さそうに欠伸なんてしちゃってる。

なんなんだ、コイツら。

プッツン寸前。
俺は営業スマイルを浮かべて、ファイルをテーブルに叩きつけた。

それに驚きを隠せない3人。

「そんなに本人に拘るのなら、今回の依頼はなかった事としますね」

ニッコリ。
笑顔を浮かべた俺に、眼鏡が顔を青くした。
でもそんなの知らない。
ファイルを鞄に押し込んで、ソファから立ち上がる。


「それでは」

「ま、待て!」


退室しようとしていた後を追って、眼鏡が俺の腕を掴んで引っ張った。

確かに、折角受けてもらった依頼を無しにするには勿体無いだろう。


「お前でも構わない、話を進めよう」

「ごめんなさーい」

眼鏡に続いて可愛らしい顔の人が、やる気はあるのか?って謝罪の言葉を発する。

「…すまなかった、深水」

「うおっ!キラが喋った!」

無口に俺を見ていた「キラ」という人が言葉を発すると、眼鏡が酷く驚いていた。
どんだけ喋らんの。

まぁそれからは、どんな曲を求めているのか、要望を書き出して、既に曲の骨組みを考える。
Seaに伝える、という事になってるので、不審に思われないように細心の注意を払って。


「じゃぁ、宜しく頼む」

「お願いしまぁす」

「…頼んだ」


それぞれのお願いの仕方に思わず笑いそうになるが、それは堪えて。
最初の態度との違いも思い出せば笑いが込み上げてくる。

さて。
どんな曲になるかな。

壱基。日和る。



ふかみー。
そう呼んでくるのは、1人。
神宮寺。

神の宮の寺。
全く、神々しい名前だよね。

そんな事を考えていたら、スッと後ろから抱き締められて、おっ?ってなる。

なかなか本心を見せない彼のやる事はいつも突拍子もないけれど。
今回ばかりは、日和ってるらしい。

肩に顔を埋められて、くすぐったくもあるが、無下に振り払う訳にもいかない。
髪に触れて、少し撫で撫で。
サラサラの髪が羨ましい。


「俺、どうしたらいいと思う?」


力無く、そう呟くから。

思わず一本背負い。

ドスン、と地面に叩きつけられた身体は抵抗も出来ず、無様に転がった。
それが今の神宮寺を表している。

「、いっ、、な、にするのさ」

上体を起こして振り返った神宮寺は腰を摩りながら俺を見遣る。


「どうするか、決めるのは自分自身だろ」


そうニッコリ笑って、破れたメモを渡す。
それを不審そうに受け取った神宮寺は驚いたように目を見開いた。
七海から預かってた、神宮寺が破り捨てたメモの一部。
破り捨てたのを、七海や他の面子で拾い集めて半分くらいまで修復させた。


「七海達はまだ探してるんじゃない?」


そこまで言って、俺は神宮寺に背を向ける。
俺に出来る事はこれだけ。


役目を終えて、自室に戻る途中、スピーカー越しの神宮寺の歌声が聞こえた。


軌道修正完了。
社長から「お疲れ様でしたー!」とメールが来てた。
何気に社長のメアド知ってる俺、すごくない?

前の記事へ 次の記事へ