「死んでしまったら、永遠なんて言えないけど。生きてる間も死んでからも、私は藍ちゃんの側にいる」
音ちゃんが突然謎の宣言をしてきた。
どうしたの?と尋ねると、最近、生まれ変わり系のマンガを読んだそうだ。小説じゃない辺りが音ちゃんらしい。
永遠の命のあるカミサマと普通の人間の恋愛話。
そんなのによく飛びついたなと、思っていたけど、どうやら千石さんのオススメだったらしく、仕方なく読んで見事にハマったらしい。
…千石さんは涙で会話にならないという。
最後は、前世で結ばれた2人が現世でも結ばれ、更には来世でも。とよくある話だった。
何に感動していいのか分からない私は、取り敢えず音ちゃんの宣言を有り難く頂いておいた。
「私たち、前世でも結ばれてたのかなっ!?」
「いや今も結ばれてるのか分からないけど」
「えー冷たい!」
「…縁はあるわね」
「!だよね!?だよね!?」
ふふっと笑みがこぼれて、音ちゃんが抱き付いてくる。
重い…。
必死に支えて、その背中をポンポンと撫でてやれば更にギューッと抱きしめられる。
「楠本ファミリーは麻生家に一生仕えます」
パッと身体を離すと、今度は私の右手を掬い取って手の甲にキスを落とす。
ファミリーって大袈裟な…。
とは思ったものの、口出しは出来ず。
至って真面目に言われるから、おぉぅと謎の反応をするしかなかった。
麻生家は楠本ファミリーを贔屓している。
「おもいだしたよ!」
1号はわたしを見るなり、目を輝かせた。
「何のことだ?」
「ほら、ソメイヨシノのはなし」
「あぁ、悪いな。調べる時間がなくて」
「いいよ。けんきゅうしゃもいそがしいからね」
やけに物分かりのいい1号は、思い出した事が嬉しいのか、嬉々とした表情だ。
とはいえ、今の状態はそれと似つかわしくない。
ベッドの上で何本もの管に繋がれている。
今日は毒素への耐性の実験だった。
それなのに。
それを理解する頭はあるはずなのに。
恐怖心は一切無いのか。もしくは、今まで繰り返されて来た実験で麻痺してしまったのか。
へらりと笑う1号。
新米の研究者は、その無邪気な笑顔にあてられ、実験する事を躊躇う人間もいる。
こんな実験…。
「それで?」
「んー?」
「何と何の掛け合わせだったんだ?」
「ソメイヨシノ?」
「あぁ」
「エドヒガンとオオシマサクラだよ」
「初めて聞く名前だ」
「もうずっとまえになくなった木だからねー。しらなくてとうぜんかも」
「お前は知ってるのか?」
「どーだろ?」
どうして。
今日に限ってわたしは1号と話しているのだろう。自分でも不思議だった。
…1号がいつから存在しているのか、知りたかったんだ。
そう自分に言い聞かせて、管から繋がる機械のスイッチを入れる。
死んでしまうかもしれない。
実験前はいつもそんな事を思う。
わたしはその考えを掻き消して、実験に臨む。
毒素が1号の身体に入っていく。
少しずつ少しずつ。
くふっ、と1号が息を乱す。
それでも、わたしに向ける笑顔だけは変えない。
次第に苦しくなってきたのか、大きく息を乱して、ゼーゼーと肩で息をし始める。
見慣れた光景だった。
他の検体も同じような反応を見せる。
とはいえ、1号ほどの毒素の量ではない。
1号は異常なのだ。
乱れた呼吸を整える事もせず、ニコリと笑った。
今日が初めての実験者の1人が恐怖心からか、腰を抜かした。
ガタンと大きな音を立ててひっくり返った新米に、ベテランが、またかと言った表情を浮かべる。
実験が終わって、防護服を脱ぐ。
ガラス越し。1号はすやすやと眠っていた。
「桜」を知るかもしれない。
そんな時代から生きているなんて、信じろと言う方が難しい。
考察の余地あり。
検体何号だろうか…が、死んだ。
今回は少し様子が違っていた。
1号が関わっていたのだ。
1号の話を聞けば、検体が暴れ出したので、いつもの好奇心で近付いたら、お化けでも見たかのような表情でガラスを突き破り、転落死。というものだった。
ついでに、1号も掴まれていたせいで、一緒に墜落したらしいが、恐ろしい事にかすり傷程度だった。
一応に、検体との接触があった1号は暫く外出禁止を言い渡されていた。
…死んだ検体は何故暴れ出し、何故1号に怯えたのか。
研究する事が増えて、それが実験成功に繋がればと思う。
「そめいよしのってかんしょうようだよね」
様子を見に、1号の元に訪れた時、1号はそんな事を言った。
ソメイヨシノとは、もう何年も昔にこの世界から姿を消した「桜」という樹木の一種だ。
「それがどうした?」
「なにとなにのこうはいだったかなぁっておもいだせなくて」
「…次来る時までに調べておこう」
「ほんとー!やったね」
子供のような表情で喜ぶ1号の歳は、一定を迎えると止まってしまったように、加齢を感じない。
ソメイヨシノ。
何か繋がりがあるのかもしれない。
半信半疑だが、時間がある時に調べるとしよう。
純血。
実験は成功。のはずだった。
最初に捕獲された検体は順調に成長していった。
それに比べて捕獲した2号以降は同じ実験を施しても死んでいく。
検体の条件は同じはずだ。
実験者たちはミリ単位で微調整を繰り返し、数十の検体に実験を行ってきたが、成功例は1号だけだった。
…いや、1号も成功とは言い難い。
情緒不安定であり、大人びた表情や子どものような言動。
「検体」としては成功だが、いざ使いこなせるかと言えば否だ。
1号は、何故自分がこの施設に居る、正しくは監禁監視されているのか分かっているようだった。
順応能力は高いらしい。
すぐにこの施設での生活にも慣れた様子で、唯一難癖をつけるとすれば、貧血が酷いと、装置から繋がれる管を外したがるくらいだ。
1号と、それ以降の検体には何の差があるのだろうか。
元々が違うのか。
どの検体も1号同様、条件は満たしているはずだ。
1号は笑いながらこう言った。
「さいしょからくるってるんだよ」
その「狂っている」のはこの施設を指すのか、1号自身を指すのか。
1号はお気に入りだというキャラメルマキアートを口にしながら、ふふっと笑みを浮かべる。
「なぁんで、しんでくのかなぁ」
びょーきでもないのに。
確かに病気やその類ではない。
ただ特殊な遺伝子を持っているだけだ。
…その特殊な遺伝子が厄介なのだが。
1号は孤独だった。
へらりと笑えば向き合った相手は恐怖にも似た…恐怖か。を表情を浮かべて、引けた腰のまま、こちらに手を伸ばしていた。
「お願い…それ、返して…」
「えー、どーするかなぁ」
そう言って手に余らせるのは薬の入った袋。
窓から上半身を乗り出した状態で、手を伸ばす彼女に目を向ける。
薬の袋はその先、伸ばした手の中。
イナバウアー。
「かえしてほしい?」
「っ、お願いっ…」
少しずつ呼吸が荒くなってきた彼女。そろそろ薬切れってとこか。
でも、それもこれも、悪いのはそっちだ。
だって。
「返せよ!!」
彼女の兄弟、どっちか知らないけど。がこの施設から彼女を連れ出そうとするから。
掴み掛かろうとした男を軽く足蹴にして、体勢を直す。
「ここであばれるキミがわるいんだよ」
ゆらっと身体を揺らして、倒れ込んだ男の上に跨る。殴ったって良かった。でも管理者にまた何か言われるのも嫌だったから。
薬袋は歯で挟んで、首に指を絡めて、ギュッと力を入れる。
うぐっと醜い声が漏れた。
「くるしい?くるしい?」
首を傾げて笑顔で男に問うと、目を白黒させて問いどころではなかったらしい。
「…お願い…やめて…」
彼女が座り込んで、息も絶え絶えにそう言うから、興醒めした。
絡めた指を離して、薬袋をヒラヒラさせた。
ビーッ!ビーッ!
エラー音が施設内に響き渡る。
音に驚いたのか、彼女は更に身を震わせ息を荒げ、どう見ても普通ではなかった。
優しいから、マウストゥマウスで薬を飲ませてあげる。
男は気を失ったのか、大人しく倒れていた。
暫くすると、白衣の人たちがたくさん来て、彼女と距離を取らせるように引き剥がされた。
男は担架に乗せられ何処かへ運ばれていく。
徐々に呼吸を戻した彼女が、最初と変わらない恐怖の表情でこちらを見ている。
自分がどうして此処に居るのか、分からないといった風。
「えらばれたんだよ」
ふふっと笑えば、更に表情を固くした。
「まぁ」
しなないといいね。
それは彼女に向けた言葉でもあり、運ばれていった男の事でもある。
此処は選ばれた者が収容される、ブタ箱。