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リオ。杞憂に終わる。




死んだ。
漸く実習生の呪縛から逃れられると思ったのに。
最終日にあれはないだろう。
公開処刑であり、今日からの生活も死刑同然なのだろう。いや私刑かな。

部長君の件で呼び出しを食らったことのある身としては、もうああいうのは勘弁だ。
怒りが抑えられそうにない。
それで傷害とか言われたら溜まったもんじゃないし。

そんなで。
魔の月曜を迎えた。

靴箱は…大丈夫だった。念のため上履きは持ち帰ったのだけど。
次は教室までの道中。

「リオちゃん!」

朝練を終えた小春ちゃんが声をかけてくれて、他の生徒を寄せ付けないようにして、教室まで送り届けてくれた。マジ感謝。

そして教室。
件の金曜のせいで置き勉になってしまった教科書、机、椅子……全然大丈夫。
教室の隅で女子が溜まってたから、悪戯されてるの覚悟だったんだけどな。

「リオ、なんや疲れてへん?」

まだ朝やで?
と肩ポンしてきたのは部長君。

「あぁいや…」

お前たちのせいもあるからな、と思いつつ、椅子に座る。剃刀とかないよねって怖々机の中に手を入れるが、置き勉してたまんまだ。

「もしかして金曜のこと気にしとん?」
「あー、はい」
「なんで敬語」

思わず返事をしてしまって、部長君は噴き出した。
こっちとしては死活問題なのに。

「せやったら大丈夫やで」
「?」
「みっちゃんがな、その辺で悲鳴上げた女子全員にハグしてってん」
「は、」
「女子の扱いに慣れた大人の男の対応に、俺らも吃驚やったわ」
「…」

結局私はあの実習生に助けられたという訳か。
解せぬ。
怯えて過ごした土日を返してほしい。

「まぁみっちゃんのが一枚上手やったっちゅー訳やな」
「それはそれで…タラシ?」
「そう言わんと」
「まぁ、助かりました」

大きく溜息を吐くと、今度は部長君が一枚の名刺?を差し出してきた。

「これ内緒な」

そう言われて受け取った名刺には実習生の名前と連絡先が書いてあった。
今すぐ破り捨ててやりたい…。

「みっちゃんに頼まれてなぁ」

絶対、登録しないと心に決めて。
かと言って落としたりすれば実習生に迷惑かかるし、生徒手帳に挟んでおいた。




リオちゃんが好き。

リオ。実習生と最後。




「最後に、いいかな」


漸く実習期間が終わって、実習生ともおさらばだ。
手放しに喜びたい。
と思っていたのだけど、実習生は最後の最後に、皆の前で突然のサプライズ。

「抱き締めていい?」

そんなサプライズ要らない。
ほらほら、教室の女子たちが殺気立って来たよ!
これは大人しく受け入れても受け入れなくてもバッシングされるパターンだな。

いやです。

と言葉にする前に、実習生は私の体を抱き締めた。一部女子から悲鳴が上がる。
あぁ、明日から大変な事になるなぁ。

もう、諦めの境地で、実習生の無駄のない筋肉に、この人はスポーツも卒なくこなすんだろうなぁとかそんな事を考えていたら、ベリッと私と実習生を引き剥がしたのは、部長くんだった。
その後ろから手が伸びて、私の手を掴む。それは忍足くん。
更に女子の悲鳴が上がるのが分かった。

ヤバい。明日から敵しかいねぇじゃないか。
女子の恨みは怖いのよ。


「みっちゃん、おふざけが過ぎるで」
「僕はふざけたつもりはないんだけどな」
「リオちゃん固まってもうたやん」
「それは抵抗しない、の間違いじゃない?」
「んな事あらへん、よな?リオちゃん」

一応確認するように、3人の目がこちらに向けられたんだけど、私は明日からの事を考えて下を向いたままだった。

「…そんなに嫌だった?」

今度は実習生が耳元でそう囁くから、慌てて耳を押さえる。
この人の声は甘過ぎて胸焼けがするんだ。要は生理的に受け付けない。


「だーーー!!もう私に関わるな!」


私はもう考えるのをやめて、そう叫んで鞄を乱雑に掴んで、教室から走り出た。


明日からが憂鬱過ぎて、登校拒否したくなる。

リオ。実習生と私。



「恋バナとか、興味ないの?」
「まぁ」


実習生に気に入られてしまった私は、帰宅部であるのをいい事に、実習生に捕まった。
そして、パチンパチンと資料をホッチキスでとめる作業を手伝わされている。

実習生は手を止めるでもなく、会話を切り出してくる。
なので、私も顔を上げるでも手を止めるでもなく、淡々と作業をこなしながら答えていた。勿論、最低限の言葉で、だ。

恋バナ?興味ないね。

「勿体無いね。そういうの好きそうな年頃でしょ?」
「一括りにしないでください」
「うーん、日高さんの場合はそうだね」

そう、とはどう意味だ。とは思うものの、スルーしておく。

「他の女の子たちは僕の連絡先とか過去の恋人の事とか好みのタイプとか聞いて来るんだ」
「そうですか」

それ要らない情報なんだけど。
心で悪態をついて、野外の部活動の声や、吹奏楽部の音楽なんかを耳にする。
ここに、実習生の甘ったるい声が無ければ、この作業も楽しいんだけど。

「日高さんはそういうのないじゃない?」
「まぁ、興味ないので」
「僕は興味あるんだけどな」
「…はぁ」
「だからさ、連絡先交換しない?」
「随分ストレートに来ましたね」
「回りくどいと格好悪いでしょ」
「格好良く決めた所で教えませんけどね」
「えー」

実習生から非難の声を聞いたところで、廊下が騒がしくなったのに気付く。
多分、職員室に居なかった実習生を求めて、女子生徒が探し回っていたのだろう。
ちょうど、資料も揃った。

「それじゃぁ私はこれで」

トントンと資料をまとめて、実習生に渡すと受け取らないので、顔を上げて彼の顔を見る。

「やっと、顔見てくれたね」
「そういうのいいので、資料受け取って下さい」
「あっ、あぁそうだね。ありがとう」

女子生徒が此処を探し当てるまでに、立ち去りたい。
その一心で、鞄を掴む。
と、腕を掴まれて前に進めない。なんなんだ。
不快に実習生を振り返ると、切なそうな顔をした実習生と目が合った。

「ねぇ、一度でいいから皆みたいに、みっちゃんって呼んでくれない?」
「お断りします」

元庭球部の力を存分に使って、実習生が掴んだ腕を振り払う。
それに驚いたのか、目を大きく開けて私を見詰める実習生。

「さようなら」

女子生徒の声が近付く中、私は早足で教室を出た。




「あんな女の子は初めてだよ」
実習生の呟きは宙に消える。

リオ。実習生とわちゃわちゃ。



「よっ、日高ちゃん男前!」
「嬉しくない」
「まぁ、せやろな」

また。
小春ちゃんにセーラー服を貸す事になって、代わりに私が小春ちゃんの学ランを着る羽目になっている。
早く返してくれないかなぁとか思っていたら、忍足くんとこんにちは。

「せやけど、なんで小春ならええの?」
「え?」
「ふつー制服貸したりせんやろ」
「まぁ小春ちゃんはご近所さんだしね」
「ご近所さん?」
「うん、保護者の家が小春ちゃん家の隣」

「へぇ、そうなんだ。金色くんのね」

忍足くんが返事をする前に、聞きたくない甘ったるい声が降ってきた。
それはもう、ファンの女子なら卒倒ものの、甘ったるさ。
その声に吃驚した忍足くんは思わず私から距離を取る。なんで私。

「…なんで日高さんが学ラン着てるのかな?」
「何か問題あります?」
「いや、問題というか…」
「似合ってるでしょ」
「そういう問題でもないと思うんだよね」

甘ったるい声の犯人は実習生で。
私が男子生徒と話してるとだいたい割り込んでくる。もう慣れた。

「別に疚しい事しとる訳ちゃうし、ええんちゃうん?」

珍しく忍足くんがフェードアウトせず、言葉を返す。確かに疚しいつもりはない。

「合意の上って事?」
「まぁ」
「それは男女ではあまり良くないんじゃないかな」
「お互い変態だと?」
「うーん、そうじゃないんだけど」
「笑わせたもん勝ち。校風でしょ」
「せやな。ネタとして捉えたらいいんちゃうん」

私と忍足くんの必死の反抗という名の言い訳に、実習生はいい顔をしない。

そんな所に、セーラー服を着た小春ちゃんが一氏くんを連れて帰ってきた。
空気を察知するのにも長けた小春ちゃん。

「いやーん、みっちゃんも混ざる?」
「いやいや!何を言ってるんだい、金色くん」
「浮気か!」
「浮気だね。一氏くんがちゃんと捕まえてないからだよー」
「せや、しっかりせぇやユウジ」
「うっさいわお前ら!」

場をぐちゃぐちゃにしてくれて、私が実習生に責められる事はなかった。




「リオちゃんも罪なオンナなんやからぁ」
「嬉しくないなぁ」
「そんな所もええっちゅー事よ」
「どうしたらいいの」
「実習期間耐えるか、彼氏作る事やね」
「どっちもやだ」

パーテンションを挟んで小春ちゃんに助けを乞うたが、ダメだった。

リオ。実習生と部長くん。



「リオちゃんは可愛過ぎるからあかんねん」

まさかの褒められて…嬉しくないけど、そこからの突き落とし。
なにが「あかん」のかと。

机を挟んで、前の席に部長くんが椅子に座る。
そして頬杖をつき、私をしげしげと眺めるのである。

「意味分かんないんだけど」
「いやいやいや、自覚しぃや?」
「自覚って?」
「リオちゃん可愛ぇ事や」
「全然嬉しくない」
「女の子がそんな事言うたらあかんよ」

照れればそういう風に見えるのだろうか?
生憎、そんな技量は持ち合わせていない。

「まぁそんなやから、みっちゃんの気も惹いてまうんやろな」
「気を惹く?」
「気付いてへん事ないやろ」
「みっちゃんって、実習生の事?」
「せや、他の何処におんねん」

いるかもしれないじゃん、とは言えず、ふーんとだけ返しておく。
確かに。実習生に気に入られてる感はある。すごく。

その件で後輩くんにキスされたなんてもっと言えないけどね!

「いちいち会話に入ってくんのやめてほしいわぁ」
「それは同意する」
「やろ〜…て言うてる側からみっちゃん、めっちゃこっち見てんねんけど」
「…シカトでいいんじゃない?」
「せやな…」

なんだかんだで、皆が私を気にする。
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