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樋崎。act.30。




「此処が樋崎のスクールかぁ」


立海3強のトップ、幸村さんが何故かウチのスクールにいらっしゃった。
しかもお一人で。
真田さん一緒じゃないんだーって思ってたんだけど、それが顔に出てたんだと思う。

「真田探してる?」
「あっ、いえ…」
「嘘つくの下手だね」

ぐぅの音も出ません。

「おぉぉ、これはまた…」

父が、幸村さんの姿を見るなり感動というか、崇拝するような表情になって、ちゃっかり握手なんて求めてみたり。
父よ、恥ずかしいからやめて…。
幸村さんは笑顔で対応してくれたけど、相手は学生だからね。

「軽く打っていってもいい?」
「えっ?構いませんけど…相手は、」
「樋崎、相手してくれるでしょ?」
「…はい」

なかなかない申し出に、萎縮してしまうわたし。
父を見れば親指なんて立てちゃって、完全に観戦モードだ。
そろそろスクール生が来る時間なんだけどな。
まぁ…いっか。

わたしは完膚なきまでに叩きのめされる予定でコートに立ったのだけど、幸村さんは本当に「軽く打つ」つもりだったらしく、ラリーが続く。
でも一球一球が重い。流石、立海の主将だ。

ある程度、体が温まった頃に集まり始めたスクール生が、わたしとラリーを続ける幸村さんを見つけて騒がしくなった。
それに気付いた幸村さんは、ラリーを切り上げる。

「ごめんね、つい夢中になっちゃって」
「いえ、お相手させて頂いて光栄です」

ネット越しに握手をして、ベンチに座る。
すると父が慌てて、幸村さんにドリンクを渡しに来た。すみません、と幸村さんは笑顔で受け取ってくれたけど。
父、崇拝しすぎだろ。


「じゃぁ、俺はこの辺で帰ろうかな。樋崎の顔も見れたし」


普通の女子なら赤面しそうな事をサラリと言ってのける幸村さんは流石である。
赤面しないわたしもどうかと思わなくもない。


「またいつでもいらしてください!!」
「ありがとうございます。お邪魔しました」


一番はしゃいでたのは父だと思う。
スクール生は、わたしと幸村さんとのラリーを見ていて、どんな感じだったのかと、次から次へと訊いてきた。

「その内、皆の相手もしてくれるといいね」

そう言うと、はーい!と元気な声が返ってきてひと安心。




さて。練習開始ですよ!

樋崎。act.29。




「うぉぉっ!!」
「ぎゃっ!」


目の前で切原くんが転んだ。何もない所で。
そうして、目の前より少し離れた所にいたわたしはドミノ倒しのようにして、倒れる切原くんに巻き込まれた。

のはいいのだけど。

「赤也?」
「貴様!」

殺気立ったのが2人。
そう。転んだ先にあったのはわたしの身体。
思わず伸ばしたであろう両手が、わたしの胸を掴んでいた。
しかも押し倒したような形で、非常にまずい。

「なっ!な!そんなつもりはっ!!」

何が酷いって、わたしにじゃなくて、殺気立った幸村さんと真田さんに謝る辺りだよね。

わたしは反射的に切原くんの手を払いのけて胸を隠すように両手で覆う。

すぐさま立った切原くんと対照的にわたしはその場にへたり込んでしまっていて。
唯一の理性、柳さんに立ち上がる手伝いをしてもらった次第。

すみません、と言うと、いや…と歯切れ悪く目を逸らされてしまった。

それが気まずいの!

切原くんは鉄拳を食らっていて、その身体が吹っ飛ぶのを他人事のように眺めてしまった。
すぐに幸村さんがわたしに駆け寄って、両肩ホールド。

「だ い じ ょ う ぶ ?!」

改めて言われて、慌てて覆っていた手を降ろす。

「は、はい。大丈夫です。それより切原くんは…」
「あんなヤツ心配しなくていいよ」


酷い!と思ったものの、わたしは被害者だ、と言い聞かせた。



放課後。グラウンドを走らせられる切原くんの姿を見た。



柔らかな。

樋崎。act.28。




「真田だけ、ズルイよね」
「む…」
「弦一郎とは長い付き合いのようだからな」


ふわふわとした意識の中、そんな会話が聞こえた。
まだ副作用のせいか、起き上がる気力はなかったし、瞼も重い。


「やはり、まだ部員との接触も負担が掛かるようだ」
「俺たちはまだマシな方なのかな」
「アイツがあれだけ話せるのは珍しい事だ」
「なに、その余裕」
「な、余裕ではない」
「ふーん」
「精市、羨ましいのは分かるが、そう責めてやるな」
「そういう柳だって羨ましいだろ」
「……」
「無言は肯定と取るよ」


「全く、ウチのお姫様は手が掛かるんだから」

そう言った幸村さんの声はさっきより近くて、サラサラと前髪を横に流してくる。

「…ぅ、ん…」

「あ、起きるかな?」


重い瞼を必死にこじ開けると、ぼんやりとした頭と視界。

ふぅっと1つ、大きく息をすると、3人が私が横になってるベッドに寄ってきた。
ぼぅとして、何も発さない私に幸村さんがゆっくり頭を撫でてきた。

「起きれるかい?」

そう問われて、ゆっくり頷くと。
割れ物を扱うかのように、優しく背中に手を回した。
介助されて漸くベッドに座る。


「今日は1日、保健室に居たんだ。覚えはあるか?」


そう言われて、そんなに寝ていたのかと吃驚して首を横に振る。
仕方ないよ、と幸村さんが口を添えた。


「気分はどうだ」

真田さんがなんだか照れたように問うてくる。
うん、と頷いてみせると、大きな手が頭を少し雑に撫でた。
それを見た幸村さんが髪を解くように撫で直してきたけど。


心配を掛けてしまった。


その事実は変わらなくて。
なんとお詫びをしたらいいか…。
そんな事を考えていたら、幸村さんと目が合う。


「また余計なこと考えてたでしょ」


ふふっと笑って、今度は私の手を握った。


「キツかったら誰かを頼って。本当は俺がいいけど、真田や柳もいるからね」


ポンポンと手を撫でられて、なんだか擽ったかった。


「部活が終わるまで休んでていいって、保健医の許可はもらってるから」

帰りは送るよ。
と、優しく声を掛ける幸村さん。

涙が出そうになったけど、そうしてしまったら余計に迷惑をかけてしまうから。
グッと拳を握って、笑顔を作ってみせる。

すると代わる代わる、頭を撫でられた。

「もう少し休んでおくんだぞ」

真田さんの一言に頷いて、部活に向かう3人の背中を見送った。





何もできなかった日。

樋崎。act.27。




今日は、調子が良くなかった。
ドリンクの粉の分量を間違えるし、運んでる途中で転ぶし、タオルの補充も間に合わず。
わたしの中でトドメを刺したのは、ボールを数えるのに時間がかかってしまった事だ。
誰だ、あんなとこにショット打ったヤツは…と思いながらコートの隅に落ちていたボールを取りに行こうと立ち上がったところで、カゴをひっくり返す、という醜態まで晒す始末だった。

始業時間まであまり時間がない。
焦りで余計に手元が狂う。

いつもなら、ボールのチェックまで終えて着替えまで済ませて部員が出て行くのを見送っているのに、今日に限ってそれが出来ていないのに気付いた3強。

「どうしたの?今日はなんだか様子がおかしい気がするんだけど」

やんわりとした口調で幸村さんが声をかけてきた。

「ボールカゴもひっくり返していたみたいだな」

心配してなのか、天然なのか。柳さんはわたしの頭を撫でながら、やはり優しい声色で尋ねてくる。

「たるんどるな」

鉄槌、とは言わないが、少しだけ厳しい声で真田さんは言葉を落とす。
なんだかそれが今のわたしにしっくりきて、少しだけ泣きそうになる。

「すみませんでした」

ペコリと頭を下げて、放課後はそのような事がないように気を付けます、と言葉を足した。

「そんな事を言ってるんじゃないよ」
「体調が芳しくないんじゃないか?」

わたしの頭を撫でていた柳さんの練習後の温かい手が額に回る。

「少し熱があるようだな」

そう言って今度は首筋に手が添えられた。

な、とわたしと同じような反応をした真田さん。なんか顔赤い?

「練習後だとしても、少し脈が速いようだ」

それを聞いて、真田さんが顔色を変えた。分かってる。今、薬が必要な事くらい。

そんなアイコンタクトに気付いたらしい幸村さん。

「少し休ませてから行くよ」

そう言ってわたしの手を取った。
担任には伝えておく、と柳さんが続けて、真田さんは心配そうにわたしを見たけど、軽く頷けばいつもの堅い表情に戻った。




保健室。
朝礼なのか、保健医は不在で。
わたしは幸村さんの強制によりベッドに寝かせられている。

「薬、どれかな」

鞄から迷わずポーチを取り出した幸村さんが、紙コップに水を注いで持ってきた。

「あ、りがとうございます…」

薬を取り出して、紙コップを受け取る。
すごく飲みづらいけど、幸村さんの視線に晒された状態で、薬が喉を通る。

「無理、してない?」
「…大丈夫です」
「ほんと?」
「はい。今日はたまたま…」
「じゃぁいいんだけど…ってあまり良くないね」
「…すみません」
「ほらほら、寝ようね」

そう言って幸村さんはわたしを布団の中に誘導して、毛布を掛けてくれた。

ポンポンと、撫でられて。
薬の副作用と相まって睡魔が襲ってくる。

「いい子いい子」

その言葉を聞いてわたしは意識を手放したのだけど、額に柔らかな感触が残ってて、なんだかそわそわした。





心配するよ!

樋崎。act.26。





左手のカゴに冷たく冷やした濡れタオルを詰め込んで、右手のカゴはドリンクを詰め込んで。

練習中なのを確認して、コートの近くにあるベンチに、それらを置く。
少し乱雑になったのは目を瞑って欲しい。
それから、さっきの休憩で使ったタオルを回収して早々とコートの側を離れる。



「そんな逃げなくてもいいのにね」

幸村さんがそんな事を言ってたなんて知らない。



わたしは、マネージャーではないけど、お手伝いをすると、ほぼマネージャーみたいなものだけど、雑用を引き受けた。
条件は、可能な限り部員との接触は避ける事。
またいつ発作を起こすか分からないので、ストレスは少ない方がいい。
それを部長である幸村さんは受け入れてくれて、他の部員の人たちも異論はないと、晴れてわたしは庭球部の雑用係になった。

庭球部を囲んで応援していた壁の人たちも、雑用ならと大目に見てくれるらしい。
マネージャーにでもなろうものなら、フルボッコも有り得たんだろうな。怖いなぁ。
現に中田さんの件もあったし。




「樋崎。もう終わるぞ」
「あ、はい。お先にどうぞ」
「そういう訳にはいかない」
「その言葉、そっくりお返しします」
「…」

柳さんはどうにかして、部活後のミーティングにわたしを呼びたがるのだけど、いつもこんな感じでお断りしている。

わたしがやる事は決まっているから。

最後に、ボールの数を数えてわたしの仕事は終わる。
大御所の庭球部だから、ボールの数も半端無いけどそこまでやってこその雑用だ。
数を数え終わる頃には、ミーティングも終わって帰宅し始める部員たち。

最後に、柳さんが部室の戸締りをして、終わり。
今日もボール数えが間に合って良かった。と思って着替え用に借りている空き部室を出ると、3強がわたしを待っていた。
出来るだけ接触は、とはいうものの、この3人に勝てた試しはない。

「遅いから送っていく」

そう言ったのは真田さんだった。
それには幸村さんも柳さんも賛成してくれて、校門で2人と別れる。
2人はわたしを見送りたいと、よく分からない事をいうのだ。

真田さんはわたしの体調を気遣ってくれる。
ドリンクの味が良かったとか、今日は濡れタオルの冷たさが足りなかったとか、そういうアドバイスもくれる。
とは言え、強くは言えないのだろう。
言葉を選ぶように、ゆっくり話してくれる。

「足りない事があったら言ってください」

とは常日頃言ってるのだけど、アドバイスのほかに言われた事はない。
唯一言われた事と言えば、ボールを数えるのが早いと、それだけだった。


「…ありがとうございました」

家に着いて、真田さんにお礼を言うと、真田さんも決まってこう言う。

「こちらこそ、礼を言う」

それに小さく笑って。

「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」
「あぁ、それではちゃんと身体を休めるんだぞ」
「はい」

ニコリと笑えば、安心したように背を向けて歩き出す真田さん。
その背中が見えなくなるまで見送るのが、わたしの日課。





雑用!
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