世界はモノクロだと、和泉は言った。
コロコロとまとう色を変える、珍しい生徒を見かけた。
観察していれば、一定の人間の前では明るい色を発し、ある人物の前では暗い色になる。
多重人格かと思うほど、見事な変色具合だった。
そして「ある人物」は「透明」なそれをまとっている。
2人が一緒にいる所を何度か見かけたが、「浄化」というのだろうか、暗かったそれがまた変色し、緑に変わる。
緑は安定や癒しの色だと、俺は認識していた。
「透明」なそいつは気付けば俺のテリトリーに侵入していた。
死ぬ気はなかったが、屋上のフェンスの向こうに立っている俺を、そいつ_和泉は止める事もなく笑った。
正直、考えが読めないので気味が悪かった。
「神倉の世界は五月蝿そうだね」
「私の世界はモノクロだけど」
こいつにも闇がある。
向こう3年って。
どこにそんな自信があるのか、俺は疑って止まない。
俺はいわゆる特異体質らしく。
人に見えないものが見えるという、迷惑な機能が備わっている。
それは、幼い頃は当たり前だと思っていたけど、人に話して理解されない事を何度か繰り返して、あぁ俺は人とは違うのだと思い知った。
それ以降、俺はその事を口にしなくなった。
駅のホーム。
透明なそれをまとった人を見かけた。
珍しいな、なんて思っていたら、その人は電車に飛び込み、死んだ。
その後も、「透明」なそれをまとった人たちは色んな形で命を落としていった。
かと言って、命を落とす人全てが「透明」なそれをまとっている訳ではないことに気付いた。
「透明」な人たちは「生きる」事に執着がないのだ。
というか、それだけ命が失われる事に慣れてくる自分に嫌気がさしていた。
それからは、気付けば自分が「透明」をまとっているのではないかと、怖くもなった。
そして、学校生活にも支障が出始め、その内に俺の机の上に菊の花が飾られていた。
幼い頃の疎外感がまた、姿を現した。
幸いにも転勤族となった親のおかげで学校は転校する事になり、転々とした先で出会ったのが「向こう3年」だ。
それを転機のように、親は転勤族ではなくなった。
ここに俺の居場所があるかのような錯覚に陥ったが、上手くいく訳がなかった。
転入生の俺を、最初こそ珍しがった生徒だったが、すぐに「根暗」や「薄気味悪い」とヒソヒソと「黒い」それをまとい始めた。
そんな頃に出会ったのが「向こう3年」。
そいつ_和泉は、透明をまとって尚、ケラケラと笑うのだ。
こんな奴は初めてだった。
俺に薄気味悪いと言うかと思えば、自分の事をそう言う。
そうして。少しだけ、世界が明るくなった気がする。
バレンタイン。
前日と当日。私は仕事が入っていて、女の子が色めくイベントには参加できなかった。
なんとか、奈瀬ちゃんには市販のチョコレートになったけど、棋院で会ったから渡せた。
友チョコっていいね。本当は手作りしたかったけど、そんな余裕もなく。
ごめんね、と謝れば、妃々季から貰えるならなんでも嬉しいよ、と男子顔負けな事を言われて、思わず抱き着いた。
頭を撫でられて心地よい。
そして1週間近く遅れて。
学校に、自分としては上手くいったと思うラッピングをした手作りのクッキーを持っていった。
いつもお世話になってるアキラくんと、泉くんに日頃のお礼という事で渡そうかなって思って。
「遅くなったけど、受け取ってくれるかな」
と、恐る恐る2人に渡せば、口をポカンと開けた2人。
あぁ迷惑だったよね。
「あ、ごめん。やっぱ忘れて!」
私は慌てて差し出していた手を引っ込め……ようと思ったら、ガシリと泉くんに腕を掴まれた。
「俺の為に作ってくださったんですか?」
そう言われて、思わず頷く。勿論アキラくんの分もだけど。
「忘れたりしませんよ。有り難く頂きます」
そう言って、やんわりと私の手からクッキーの包みを受け取ってくれた。
そのやり取りを見ていたアキラくんは、泉くんに対抗心なのか。
「仕方ねぇなぁ。俺ももらってやるよ」
と、少し照れたようにクッキーの包みを受け取ってくれた。
「お礼は3倍返しとか言うなよな!」
「そんな、お返しとかいいから!」
「俺は何倍にしてでもお返しさせてもらいますね」
「泉。テメェ!」
飄々と、アキラくんの口撃をかわす泉くん。
お礼とか、本当にいいのに。
「センセには無いのか?」
そう少し残念そうにしたケント先生。
いや。ファンクラブが怖くて渡せません。
「ナツちゃんてさー
なんだかんだで平介には甘いよね」
佐藤くんはつまらなそうに、そう言った。
「甘い」とはどういう事だろう?
その怪訝さが表情に出たみたいで、佐藤くんは頬を膨らませて私の頬を摘んでくる。
地味に痛い。
でも加減されてるのは分かって、へにゃりと変な笑みを浮かべてしまった。
「だってこの前もデザート持ってきてたでしょ」
そう。
私はちょこちょこ、お菓子作り会の時にスイーツを持ってくる。
そもそもその日に作るんだから要らないと言われればそこまでなんだけど、お世話になってる平介くんや、あっくん、ママ様が食べてくれたらいいなぁと思って、途中寄るスーパーなんかで買ってしまう。
それが、「平介くん」宛だと、佐藤くんはご立腹のようだ。
「でも、私が作ったの一番に食べてくれるのは佐藤くんだよ?」
「っ!そ、そーだけどさー!!」
こてん、と首を傾げれば、佐藤くんは赤くなった顔を右手で覆う。
なんで照れるの?
顔を近づけて佐藤くんを覗き込もうとすると、左手で私の肩を押し退けてくる。なので、覗き込む事は叶わなかった。
「ねぇ、ナツちゃん」
「はい?」
「それって計算なの?」
「計算?」
「うわ、天然なんだ」
敵わないなぁ、と佐藤くんは1人呟くんだけど、私には意味が分からない。
…計算って、、、「あざとい」とかそういう事なのかな。
断じて。私はそんなつもりはない。
コホン、と咳払いをした佐藤くん。
「今度はさ、俺の為に手料理覚えてほしいな」
「うん」
「…いやだから、さ」
そうじゃないんだよぉ、と。
佐藤くんは頭を抱えた。
「スイーツもいいけど、手料理の方が役に立つもんね」
「だーかーらー!」
まだまだ一方通行。
「るぅ、今日ねこみみ?」
「そー!におーとるやろ!」
「おい九州男児」
雑誌撮影の日。
ルナがねこみみ風の髪型にした上で、触れて欲しそうにしてたので、お望み通り触れてみた。
そしたら、見事に方言が返ってきたので、そっちにはアツシさんが触れる。というかツッコミを入れた。
それが面白かったのか、スタッフさんが数人噴き出した。
確かに、九州男児はねこみみなんてしなさそう。
「そげんかとは女子のするこつたい」である。
私も福岡には少し馴染みがあるので、多少の方言は分かる。
でも、上京した今は標準語に慣れてもらわないと。
そう思っていたら、タァさんがねこみみのカチューシャを持って姿を現したので、思わず二度見した。
「あー、なんだ。髪の毛でやったんだー」
「もしかして彼方、ルナにそれ着けさせるつもりだったのかよ」
「んー、好きそうだよなーってさ」
「彼方の趣味かと思ったわ」
「え、俺が着けるの?」
「そっち!?」
思わず私が声を上げれば、アツシさんもゲラゲラ笑ってた。
タァさんが着けるなんて選択肢はなかったな…。
「…でもよく見つけて来ましたね」
「や、差し入れに入っててさー。多分ルナ宛てだと思うんだよね」
「案外、タァさん目当てかもですよ」
「お前なぁ…アツシも笑い過ぎだし」
アツシさんはタァさんがねこみみカチューシャを着けたのを想像したらしく、笑いがおさまらない。
「…っていうかなんでねこみみ?」
どこからともなく。ユンちゃんがタァさんの持っていたねこみみカチューシャを取り上げた。
そうして。
「なんで私?」
そのカチューシャは私の頭上に在る。
「まぁ、妥当だよな」
「女の子は好きそうだもんねぇ」
「深ぃ、よく似合ってるよ」
「ばー!俺の出番!!」
最後に1人なにか言ったが、もう気にしたら負けだ。
というわけで。雑誌の発売日は2月22日です。