「あ」
「え?」
目の前に渋沢さんがいる。
なんでだ、と思ったけども、今日は蹴球部が練習試合をすると、生徒会から言われていたので、言うほど吃驚しなかった。
吃驚したといえば、練習試合の相手が武蔵森だった事だ。
そんな強豪校がウチなんかと…なんて思っていたら、渋沢さんが私の方に駆けてきた。
「君、椎名の所の子だったよね」
「あっ、ハイ」
「此処の学校だったんだ」
「今日はギッタギタに潰してやってください」
「ハハッ。そんなこと言われたのは初めてだな」
爽やかである。
なんだろう、気持ちいい。
「所で、えっと、名前…」
「あ、黒川です。黒川夕樹」
「黒川って」
「多分、渋沢さんが思ってる黒川の兄妹です」
「え、そうなんだ?」
「まぁ色々ありますが気にしないでください」
そうニッコリ笑えば、そうか、と渋沢さんも笑顔になる。
「じゃぁ黒川さん、その腕章は?」
「あぁ私、生徒会執行部でして」
「執行部?」
「はい、要は生徒会のパシリです」
「へぇすごいな」
「何かあったらすぐ言ってくださいね」
「了解」
「それじゃぁ練習頑張ってください」
「ありがとう」
そう言って別れて、10分とせず執行部として呼ばれた。
今日は久保田先輩は生徒会に呼ばれているので、時任先輩と一緒に。
走って現場に駆け付けると、武蔵森の部員さんと……案の定、大塚さんたちが揉めていて、渋沢さんが仲裁に入っているところだった。
「すみません」
声と同時に時任先輩の蹴りが大塚さんに直撃する。
唖然とする武蔵森の部員さんたち。
追加で大塚さんと一緒に武蔵森部員さんに絡んでいたウチの部員にも鉄拳制裁である。
「大塚さんと部長さん。武蔵森の方々に事情を訊いて、ちゃんと生徒会に報告しておきますね」
ニコッと笑って、メモ帳を取り出すとウチの部員の1人が私に掴み掛かってきた。
メモ帳が落ちるが早いか、私はその手をかわして掴み返し勢いのまま背負い投げる。
ドスッと、部員の身体が地面とこんにちは。
「妨害も追加しておきます」
メモ帳を拾って、襟を正す。
あまりの衝撃だったのだろう。武蔵森の部員さんは固まってしまった。
取り敢えず、武蔵森部長の渋沢さんに話を訊く事にしたんだけど、渋沢さんは私の心配ばかり。
「いつもこんななので大丈夫ですよ」
「いつもって…」
「あの最初に蹴られた人が常習犯なんです」
「いや、そういう事じゃなくて」
「あ、ちゃんと加減してるので、大丈夫です」
「……」
絶句である。
一応状況は訊けたんだけど、やっぱり大塚さんと連んでウチの部員が武蔵森部員さんにいちゃもんをつけたらしい。
それで手が出そうになったところを渋沢さんが止めていたとの事。
「夕樹、報告しとけよー」
「了解でーす」
時任先輩は大塚さんを蹴った事でストレス発散になったらしく、部室に戻って行った。
大塚さんが大人しくなれば、他は特に問題はないだろう。私もそう踏んでいる。
しかし仕事は仕事だ。
グラウンド近くのベンチに座って、練習試合の風景を眺める。
どうでもいいけど、多分ウチの部員より私の方が上手い。ツメが甘い、なんてぼんやり思っているとほんのりタバコの匂いがして、振り返ると久保田先輩が居て、片手を上げていた。
「お疲れ様です」
「夕樹こそ、お疲れ」
「いえ。この後の報告の方が疲れそうです」
「ははは。確かに。夕樹の生徒会嫌いは直らないな」
「嫌いでも執行部は務まります」
「そうだねぇ」
「…どうかしたんですか?」
久保田先輩は後ろから、私の髪をひと掬いして口元に寄せる。
「ラブリーがセクシーになってますよ」
「あ、そう?」
「心臓に悪いのでやめてください」
「…向こうの部長さんと仲よさげだったって聞いたんだけど」
「あぁ、蹴球はライフワークなので、その知り合いです」
「へぇ」
髪の毛を解放したかと思うと、今度は頭を撫でてくる。心地よい力加減で、ちょっと睡魔を誘う。
…って、寝ちゃダメ。
「何か言いたげですね」
久保田先輩を見上げると、久保田先輩はいつもの飄々とした表情で私を見下ろす。
「背負い投げたって聞いたからね」
「あぁ、大丈夫です」
「ならいいんだけどね」
何気に、久保田先輩は心配性だ。
確かに女子が男子を投げたとなればそうかもしれないが。護身術は翼に嫌ってほど叩き込まれたから平気だ。
それだけ確認すると、久保田先輩はまだ生徒会呼び出しの途中だったらしく、戻って行った。
あとは、問題もなく練習試合は終わった。
最後に武蔵森の皆を見送っていると、渋沢さんに頭をポンポンされて、擽ったかった。
部室に戻ると、それを見ていた和美先輩に茶化された。